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31.Oct.Sun
【イラクで】
昨日、「今どこでどうしているのか」と書いていた頃、イラクでは香田さんが無惨にも最期をむかえていた。日本に帰りたいと言っていた彼の願いは、最悪の結果に終わった。生きながらにして首を切られるなどという想像を絶する場面に臨んだとき、一体何を思っただろう。こんなニュースが流れるなんて、一体どんな時代なんだろう。どうしようもない絶望を感じる。
書こうかどうか迷ったが、亡くなった彼の映像を見た。安置所と言うよりは病院か保健所の部屋の戸棚の前に置かれた頭部。それがカメラの前で持ち上げられる。あまりにも現実離れした現実に、戦慄するばかりだ。
30.Oct.Sat
【大阪行ったり】
最近、新しい水槽のセッティングのあおりで家の中がぐちゃぐちゃでベッドで寝られず、テレビの前で寝る事が多い。うとうとと眠っていると、早朝のニュースで香田さんの遺体発見か?とのニュース。あぁやっぱり…と思う。外務省や官邸の中継からも、今度はかなり真実っぽい雰囲気である。
そんな中、取材で大阪へ。眠れなかった分、新幹線でたっぷり眠る。大阪の工業地帯みたいなところへ行って来た。午後になって、「発見された遺体は香田さんではなかった」というビックリ情報。ドーハまで運ばれた遺体は50代のアラブ系の男性だったそうだ。米軍も、一体どうやったら20代の日本人と間違えるんだろう?ショックで寝込んだという両親がいたたまれない。あのアル・ジャジーラでの両親のメッセージが犯人に届いていればいいのだけれど…。香田さんは今、どこでどうしているのだろうか。
28.Oct.Thu
【冷淡】
仕事を終えて妹の陽さんとの待ち合わせがあったので渋谷の駅前を急いでいた。その時、駅前に何か、急ごしらえの看板を掲げている人達が見えた。「冊子か何か配っているのかな?」とすれ違いざまに見ると、「香田証生さんを救出しよう!」と書いてある。どうやら署名か何かをしているようだった。「ハッ」と気付く。あの映像が公表されてから間もなく48時間。今日は家族が上京し、アルジャジーラ等に出演して救出を訴えていた。
しかし、日本中の空気はかなり冷淡な気がする。それぞれイラク行きの目的を持っていた前回の3人でさえ「自己責任」と言われたのが、今回は「自己責任以前の問題」とすら言われている。僕も含めて、この署名運動か何かに立ち止まる人は見受けられなかった。そして誰と話しても、「行く方が悪い」「もうどうしようもない」といった感じで、「彼に助かって欲しい」とか、逆に「自衛隊に撤退して欲しい」と言った話にさえならない。政府も国民も報道も、どこかで彼の命を諦めているような気がする。
報道によると、彼の宿泊していたアンマンのクリフホテルのサミール氏は彼のイラク行きを何度も止めたし、出発した後で日本大使館に連絡までしていたと言う。そして「もっとちゃんと止めればよかった」と後悔を語ったそうだ。僕も彼に世話になった事があるが、彼は本当に日本人に親切な心優しい男だ。きっと今も心から香田さんの身を心配し、無事を祈っていると思う。きっとそれは、日本の一般人以上に。
この日記を書いている時点で既に49時間が過ぎた。ニュースはいまだ、新潟地震を放送している。
27.Oct.Wed
【色々あった一日】
昨日から写真集の準備でほぼ徹夜状態。そんな中朝6時半に「イラクで日本人が拉致された」との電話があった。イラクの写真の整理をしていたところなので何か複雑。朝のニュースで香田さんのメッセージが流れる。犯人はザルカウィ氏系との事、今回はかなり深刻そうだ。
出社してイラクで世話になった会社などをあたってみるが、現地は夜中で芳しい結果はなし。とにかく過去2件の殺害事件、2件の拉致事件をまとめてみる。よく考えてみると橋田さん以降の5ヶ月、日本人が巻き込まれた事件はなかったものの外国人が無惨な殺され方をする事は多かった。
さらに、10月に入って日本人へのテロ予告やらサマワの友好の碑爆破やら宿営地へのロケット弾など、台風や地震のニュースの影で色々と起きていたし、米大統領選も間近に迫っている。そんな中起きた今回の事件。
人の事は言えないけど、何故今、行ってしまったのだろう。彼が出発したのは僕も、前回の3人も出発したのと同じクリフホテル。気持ちはよくわかるけど、まさに自殺行為だと思う。
今日のニュースはこの「人質事件」でもちきりかな、と思っていたら、新潟の地震で生き埋めになっていた車に生存者がいる、という情報。生中継のカメラの前で進む救出活動に固唾をのむ。結局夜までこのニュース。普通だったらトプニュースであろう「人質事件」は、かなり短く扱われていた。4月の時の大騒ぎを思うと、その「温度差」はすごいな、と思う。
今日は仕事の後で まず「Gallery Place M」へ。一週間ぶりで写真集の打ち合わせ。キャプション付けて並べたものを見ながら足りない事などを整理してみる。ここまで来ると、「in Design」などを使ってデザインしてみる必要がありそう。この宿題は結構大変そうだ…。
その後更に四谷の韓国料理屋で小林紀晴さん、浦井美弥さんと後輩谷口と夕飯の会。インドとかニューヨークとか色々お話。最近「旅をすること」をずっと読んでいたのでその作者からナマの話を聞けるのは面白い経験だ。色々な事実にビックリすること幾度か。近況からするとこれから益々忙しくなりそうだけれど、また宜しく御願いします。
24.Oct.Sun
【名古屋トンボ返り】
名古屋大学で取材が決まり、そのまま新幹線に飛び乗って名古屋へ。何故か相撲取りで溢れる名古屋駅からタクシーに乗って大学へと向かう。昨日の地震で初の脱線事故を起こした新幹線。一体何が起き、何が起きなかったのかを検証する為だ。
様々な要素が組み合わさって奇跡の如く、新幹線ではケガ人は出なかった。しかしその裏には様々なシステムがあったし、偶然もあったのだ。とにかくこうして270キロの列車で名古屋にトンボ返りする事の後ろには大変に大きなリスクがある訳だし、しかしそのリスクを減らすための大変な努力がされているのだとわかった。味噌煮こみうどんを食べられるのも新幹線あっての事。
23.Oct.Sat
【新潟で震度6強】
その瞬間は僕は会社の6階で机に向かっていた。午後5時56分、最初の揺れは結構強く、しかも長かったと思う。そしてテレビで「新潟で震度6」というのを見てビックリ。新潟中部では震度6強という激しい地震だったようだ。
被害の様子が明らかになるとともに、僕の仕事は地震中心になってくる。割れた道路、崩れた家、避難所の人達…。映像で見るそれは、かなり酷いものだった。
そして同時にその道路が歪み、陥没した様子を頭の中のCGで再現してみる。もの凄い事になる。
明日になって日が上がると被害の全貌が明らかになるだろう。NHKはずっと特番
22.Oct.Fri
【メディアコムOB会】
慶應義塾大学にはメディア・コミュニケーション研究所(旧新聞研究所)というのがあり、学部とは別に色々と勉強している。で、今日はそのOB交流会があったので行ってみた。仕事の世界だけだと、なかなか横の繋がりって無いし、この研究所のOB、OGには某キャスターやら女子アナやら球団代表やら多士済々なので(そういう人達は来ないんだけど)他の業界の人とも交流を持とう、という前向きな姿勢。が、あんまり久々でもないキャンパスへ行ってみると、平日のせいもあっているのはかなり年配のOBさんと現役学生ばかりであった!
菅谷教授や磯貝氏から次々と紹介される初々しい3年生、2年生。同じ場所で僕らが修了式をやったのは8年前。思えば彼女達はあの頃まだランドセル背負っていた訳で、何か不思議な感じ。様々な目標を持ちながらテレビ業界のことなどを次々に聞いて来る学生達と話をしているうちにアッと言う間に時間は過ぎた。本当は一人一人じっくりお話できたらいいと思うんだけど、ちょっと残念。
思えば卒業して以来、こうして学生の人達と話をする事は度々あるのだが、いつもすれ違いに近い出会いを繰り返して、気付くと皆卒業して「知らない人」になってる事が多い。そうならないように、一つ一つの縁というのは大事にしていこうと思う。
20.Oct.Wed
【台風23号!】
台風23号がせまっていて、朝からずっと雨。それでもトレーニングは休めないのでトータルワークアウトへ。やはり台風でキャンセル続出だそうで、すいてて良かった。こういう台風の日にはあえて普通の事をするのが楽しい。
夕食は六本木の「海南鶏飯食堂」へ。前から気になっていた店なので、風が強くなって来たヒルズの坂を降りてたどり着く。他の店が早目に終わったせいもあって結構なにぎわいなんだけど、周りを見ると外国人&日本人カップルばっかし!日本語を話す白人男性は日本人女性と、英語を話す日本人男性は白人女性と…と、何故かそういう人達ばっかりの中、1人美味しく海南鶏飯を頂く。店の人は「うちは家族向けで…」と言っていたが、そうだろうか??
その後ヒルズでお茶飲みつつ紀晴さんの「旅をすること」を読みつつ、窓の外の台風を眺める。時折カミナリが光ったかと思うと激しい風が窓を揺らし、六本木の風景が激しく変化する。日常が非日常に変わる瞬間。勿論、大した被害を受けない場所にいるからこんなのんきな事言っているのだけれど。
CNNではこの台風を「TOKAGE」と言っていた。アジアの台風にも名前を付けているんだろうか?ともかく、今年は台風が本当に凄まじい。23号も死者は30名を越えそうである。
19.Oct.Tue
【久々打ち合わせ】
かなり久々に写真集の打ち合わせ。大きさを揃えてプリントしたものをバーッと並べて見る。「改めて並べてみて、写真はいいと思うよ」と瀬戸正人さんに言ってもらって一安心。でもタイトルや写真のセレクトなど、もう一踏ん張りしなくてはならない。いよいよ本腰入れてやらないと!という感じ。
子供の写真が今、1割ちょっと。自分としてはもう少し入れたいとは思うのだけれど、子供の写真のインパクトが強すぎる、という意見もあり、ここも悩みどころではある。とにかくダミーを一つ作ってみることにしよう。来週に向けて宿題が沢山できた。
17.Oct.Sun
【九十九里の夕日】
朝から雲の全くない快晴。千葉県へ行って取材など色々。ひたすら移動して銚子の手前まで来る。周囲の風景は中野裕之監督が「Short Films」の「Slow is Beautiful」で描いた美しき千葉の田舎そのもの。広い空の下、野にはススキが風になびき、夕日に照らされて金色に輝いている。この前ウラジオストクで見た情景と似ているな、と思う。
さらに夕焼けの海岸へ。大勢のサーファーが赤い逆光に照らされていた。東京からちょっと離れただけで、こんな風景が広がっているんだ…と、改めて思う。
16.Oct.Sat
【骨と渋滞】
某大学の研究室へ行く。そこにはいくつかの人骨と思しきものが置かれていて、もしやこれは?と聞いてみるとやっぱりホンモノだった。歯なんかもしっかりと残っていて何となく生前の姿が偲ばれる。こういう時、いつも僕はこの人が疲れた時に骨をポキポキやっている姿を想像する。この骨はどんな時代を生き、どんな人生を送ったのだろうか?そして何故今、骨となって僕の前にいるのだろうか?そんな事を一瞬、考える。何か時代を越えた不思議な出会いのようなものとすら思う。
その後の帰り道は大渋滞。大勢の人達が一生懸命車を前に進めようと苦労する。自分を含めて皆、あんな骨で出来てるんだなぁとぼんやり思う。
15.Oct.Fri
【紀晴さんの個展など】
朝からトータルワークアウトで汗を流し、昼過ぎにDays Photo Galleryの小林紀晴さんの個展へ行く。頂いたハガキのレイアウトがとても綺麗で、是非見たかった個展。「アンバランスな魅力」を持つ象に惹かれて撮った作品群はどれも美しく、微熱を放っているような魅力がある。小林ブルー、と僕は勝手に呼んでいるんだけど、バナナや蝶の作品等に見る独特の色遣いが本当に素晴らしい。
今日は某ラジオの作家をしている人とも「写真の色」について話をしたけれど、写真家として何を撮ってもその色になる、というのは画家の画風のようなものでそういうものを身につけるにはどうすればいいんだろう…と途方に暮れる。
Daysでは小林紀晴自ら店番をしていて、ご本人から最新刊の「旅をすること」を購入。僕も昨年、象をビデオで追った事があったのでそんな話などする。時間がなくてあんまり話できなかったけど、代わりに小林さんの本を電車の中で読み、十分色々な話を聞いたような気がする。紀晴さんの本を読んで落ち着いた旅に出たくなった。誰かを訪ねて行くような、そんな旅を。
今日は拉致被害者家族帰国から丸2周年。横田滋・早紀江夫妻ともお会いする時間があった。膠着状態の中、中山参与の辞任等もありただ時が虚しく過ぎて行く…。「言いたい事はただ一つ。娘を返して欲しいだけ」と早紀江さんは言った。
その当たり前が通らない今の世界。 今日は雲一つない日本晴れだった。
12.Oct.Tue
【伊東】
またもや伊東に出かける。静岡県の伊東市は台風22号のすさまじい被害を受けたばかり。熱海から出ている「展望列車」から見えるのは風光明媚な海岸風景ではなく、木々がなぎ倒され、建物の屋根が吹き飛ばされた宇佐美地区の惨状だった。リュックをしょった旅行者達とはかけ離れた風景。怪獣の暴れた後のようなすさまじい光景が広がっていた。
何だかんだで結局僕が向かったのは野球場であり、ハトヤだったりする訳だが…。今回意外に思ったのはハトヤが山沿いにあった事。「前はう〜み〜♪」と歌われるが、海沿いにあるのは「サンハトヤ」だ。知らなかったー。
11.Oct.Mon
【渋谷でゆっくり】
徹夜の仕事が終わったその足で目指すは久々の渋谷!長旅の疲れを癒すためにやってきたのは「タントンマッサージ」である。何と言っても「鍼」が一番効くので1時間みっちりとやってもらう。ついでにカカトにたまった水も出してもらう。歩きやすくなった。
ロシアや中国で撮っていたのと同じ感覚で渋谷にカメラを向けてみると色々と面白い。よくも悪くもゴチャゴチャとした街に集まる雑多な人達。徹夜明けでありながらQフロントのスターバックスで深夜まで過ごしてしまった…。
10.Oct.Sun
【伊東へちょっと】
ちょっと伊東へ物を取りに行く。「伊東」と言えばハトヤ、「伊東」と言えば「踊り子」、要するに観光地である。その観光地が今、台風で大変なことになっている。家々の屋根は引きはがされ、木々は倒れ、川は氾濫しているそんな伊東の駅前までちょっと物を取りに行ったのである。
新幹線を熱海で降りてローカル線で伊東まで。道路は一部封鎖されていたり制限されている中、列車は何とか動いていた。そして辿り着いた伊東。列車を使えば早いもので、夕方に東京を出て日帰りで帰って来れた。いや、近いものだなぁと思う。
伊東には縁があって明後日もまた伊東に来ることになる。
09.Oct.Sat
【台風22号】
台風22号はここ10年で最大級だそうで、気象庁も「あんまり外に出かけないように!」と呼びかけるくらいの規模との事。吹き飛ばんばかりのお天気キャスターの映像を見て、デジカメ持って外へ飛び出す。
…と、飛び出す前にまずもの凄い風。持って来た傘は少なくともさせるような状況ではない。仕方ないのでレインコートを購入。ゴーゴーと凄い音をたてて風が吹く中、コンビニの袋とセロテープでグルグル巻きにしたデジカメをノーファインダーであちこち狙う。
台風、とか風の強さってどうも写真にすると迫力が出ないよなー、とその凄まじい風の中で立ちすくんで考える。テレビの映像なんかだと揺れる木とか吹き飛ばされそうに歩く人、川のようになった道なんかが映る訳だけど、どうも写真にすると迫力が出ないのだ。雨に濡れてしまうのでズームも使えないし…。
ま、そんなこんなで結局大した写真も撮れないまますごすごと戻るハメに…。あんまりイイ物は撮れませんでした。「残念!…」
アメリカではブッシュとケリーのタウンミーティング討論。ドラマ「24」じゃないけど、いい加減な情報で戦争していたんだなぁ、と思う。(あのドラマの皮肉っぷりったらないのだ。)
08.Oct.Fri
【普通に元通り】
昨晩は帰宅し次第、まず途中だったアメリカのドラマ「24」を一気に5話分集中視聴!ついにセカンドシーズンまで見終わった!結局最後は続編見なくてどうするの?という展開でしかなく、3rdシーズンでまた眠れぬ夜を送る事になりそう。
そして昼前からトータルワークアウト!久々なのでやっぱ結構ツライ。やっぱ2週間空けてしまうと運動不足だな。明日からの筋肉痛が恐ろしい。
そしてその後は会社でお仕事。会議など色々。そんな感じでアッという間に普段通りの東京生活が始まった。後は写真集の準備を進めなくては…。
01→07.Oct
【満洲の旅】
そういう訳でPO-U氏はウラジオストクへと向かいました!果たして何が待ち受けているのか?
これ以降の日記は
「旅日記」
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