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| 31.Dec.Fri 【大晦日でした】 |
何か、時差ぼけみたいになっていて、明け方まで眠れなかった。それでやっと寝た所に外国から急ぎの電話が入ったりして寝たのは朝方。で、昼に起きると激しい雪が降っていた。寒そうなのでモモヒキはいて出社。「夏は暑いし冬は寒い」という基本的なことなんだろうけど、ここまで極端だと、やっぱりどこかで「異常気象なのでは?」なんて思ってしまう。 会社では色々と残務整理のような感じで特にコレという事はない。気付くと紅白などやっていて、大晦日だなぁ。 会社にいる醍醐味で、各局を並べて見られるので格闘やら紅白やらドラデミー賞やらをとっかえひっかえ。でもあんまし面白くなかったなぁ。紅白はオレンジレンジとドリカムしか見なかった。格闘はボビーが勝ったのとマサトとキッドのやつをちょっと見た位。 会社で年を越すのも何だなぁと思い、とりあえず帰宅。23時30分に帰り、「ゆく年くる年」。ゴーン…という鐘と共に淡々と流れるこの番組はまさに年末!って感じで好き。今年は大学時代の同級生がアナウンサーとして実況しているので感慨深い…。 …と見ているうちにすっかり寝てしまい、気付くと完全に年は明けていた。あけましておめでとうございます、と。 |
| 30.Dec.Thu 【あ〜忙しかった】 |
この1週間、ほとんど家に帰ることもなく、働いていたので写真も撮れず、日記も更新できませんでした…。で、何をしていたのか思い出してみると…。24日(金)…仕事。インタビュー等。深夜に帰宅して更に朝まで作業。お借りした素材が素晴らしいので、良いものができるような気がする。 |
| 23.Dec.Thu 【あ〜忙しい】 |
師走だけあって忙しい。しかも最近、それが加速してきていて日記の更新どころではなくなってしまっているのが現状。休みはもとより、睡眠時間を維持するのもなかなか厳しい毎日となっている。世間は休日だったりして、段々と「今年も終わり」モードになっているけれど、こちらとしては12月の次は13月って感覚で、まるで「おめでた」感はない。とにかくあと1週間はこんな日々が続くのだ…。そんな中、今日は取材先でさる方に真っ赤なポインセチアをプレゼントさせてもらった。クリスマス気分など皆無なんだけれど、それでも少しでも…と思い、さしでた真似を、とも思いながらもお渡しする。真っ赤な大きなポインセチア。歴史の大きな波に飲み込まれてそれでも正しい方向に泳ぎ着こうとしている家族を明るく彩る花であって欲しいと思う。 |
| 16.Dec.Thu 【今さらセカチュー】 |
忙しいのはいい事だと思う。今日は何としてでも6時15分までにあらかたの仕事を終えて,知り合いの芝居に行かなくてはならなかった。しかし不思議なもので締め切りがあった方が結構効率的に出来るもので、何とか一段落つけて7時には乃木坂へ。原真善美さんの1人芝居「東京夜間飛行」。よく考えたら原さんが芝居しているのを見るのって初めてだ。シチュエーション毎に可愛かったりキレイだったり妖艶だったりとコロコロ変わるから女優って凄いと思う。 帰社して仕事を片付けて、何となく「芝居」というか「ドラマ」が見たい気分だったのでTSUTAYAへ。久しぶりに行ったら、見たい映画満載で選ぶのに苦労する。ここで調子に乗って2本3本と借りてしまうと後でとんでもない延滞料金払った上で見ない、ということになりかねないので1本に絞る。しかもそのタイトルは『世界の中心で愛を叫ぶ』。今更ですが、こういうの結構好き。実はあの大ブームになる前に原作は読んでいて、ああいう作品を映像化したいものだ、と思っていたのだ。 篠田昇撮影監督による映像は耽美的で美しい。今更ながらに日本映画が篠田氏を失った事が悔やまれる。そして長澤まさみが素晴らしかった。この長澤まさみが、実はちゃんと生きている世の中ってスバラシイ。(次は『タッチ』の南ちゃん役らしい)森山未來も、どことなく大沢たかおに似ているところ含めてとても自然で格好良過ぎないところがいい。こういうの見ると、やっぱり悔しいな、と思う。自分がやりたかった事をやり遂げられていて。無人島の下りは原作の方が好き。原作のまんまを映像化したいなぁ…。 メジャーな作品ってどうしても「セカチューでしょ」的な見方をされることも多いと思うけど、ちゃんと見るとそれだけの面白さってすごくあると思う。次は「イマアイ」も見なくては! |
| 15.Dec.Wed 【夢】 |
祖母が、いつものように黒と、臙脂色っぽい服を着て歩いて来た。「歩けるんだ?」と僕は聞いた。「歩けるよぉ」と恥ずかしそうに笑う祖母は、そのまま自分の力で、病院のベッドの上に座り込んだ。 それだけの夢だった。 通夜にも行かず、告別式でもほとんど泣かなかったのに、何でこんなに泣けるのかという程に涙が出たのは、祖母の死の前日に真っ黒になって壊死してしまった彼女の足を見たからかもしれない。包帯の下で、足の形を失ってしまった物体。 |
| 14.Dec.Tue 【アンティークショップ】 |
年末に向けて仕事が忙しくなってきたのでトータルワークアウトをずらして、今日も会社でお仕事。少しでも前に進めておかないと休む気にもなれないっていうのもある。それでも何とか切り上げて、中目黒へ。以前から悩んでいた「芝居のフライヤー用の写真」を撮る為だ。2月に芝居をやる人から頼まれたのだけど、写真を撮るよりも前に店を探し、そこをブッキングするのに結構骨が折れた。 今日伺った店はこの芝居の核となる「電気スタンド」が沢山あるところで木の梁が剥き出しになった天井も雰囲気がとても良い。そして何よりお店の人がとても親切だ。営業中だというのに自由に撮影させてくれて、感謝感激。 現像してみた今となっては露出をもうちょっとプラスしておけばよかった…と後悔し切りだが、何とかなる…だろう。多分。とにかく、これで何とかノルマを果たせたと思うので、帰りがけに中目黒で1200円もするラーメンを食べる。すんごい太りそうなメニューだったけど、密かなお祝いってことで。 久しぶりのフィルム撮影。今回はF100を使った。デジカメよりも写りはキレイだよなぁ、と思う。あとは芝居やる側にOKもらうだけだ。72枚もあれば、1枚くらい採用してもらえるでしょう! |
| 12-13.Dec.Sun-Mon 【仕事です】 |
いつものように日曜から月曜は徹夜仕事。少しでも効率よくやってちょっとでも寝ようと思うのだが、どうしたって寝る時間がない。まぁ、20分くらいは寝た(もしくは落ちた)けれど。前からやりたかった事が結構できたので良かった。しかもそれをご本人に見てもらえて。徹夜明けは、それでも遅くまで仕事をして帰りにフラフラと自由が丘へ。今週は何故か睡魔がものすごく、一日中何も食べていない体にはこたえる。カレーうどんセットで炭水化物を体に溜め込んでからマッサージへ。眠ってしまってよくわからなかったが、終わって歩き出したら体が3倍くらい軽くなっていたので効果はあったのだろう。 帰宅して中田ヒデがイタリア語をペラペラ話すテレビを見ながら寝る。 |
| 11.Dec.Sat 【祖母告別式】 |
朝からいい天気だったのは、生前の祖母の明るい性格を思い出させた。午後から告別式。祖母の入院していた病院のある海沿いの道を通って会場へ行く。僕は喪服を「縁起が悪い」と言って買わないので父の喪服を借りる。ちょっとブカブカだけど、それでもいいや、と思う。焼香するときは結構緊張するし、お経の間はお坊さんの鼻をズルズルする仕草のコントっぽさに吹き出しそうになったりもするけれど、やはりお棺に花を入れて最後のお別れをする時はグッと涙がこみあげる。以前祖父が亡くなった時もそうだったけど、本当に本当のお別れの瞬間にならないと、「死」というものがなかなか実感できないのだと思う。「頑固者」を絵に描いたような祖父が涙を流していたのを見たからかもしれない。涙が眼鏡を濡らしていた。 焼き場にいる間、従姉妹の子供たちとお絵描き合戦。小学生の時の僕もかなりの魚好きだったが、この子供達もかなりの知識を持っていた。少なくともこのお葬式に持って来た本が「海のいきもの」である。僕も魚の絵が上手かった、という話になって子供達注目の中でバショウカジキを描くも、色々と突っ込まれる。「第二背びれの形が違う」というので、以前に描いたもの(このページにあるやつ)を見たら、その通りだった。深海魚の話になって「ミツマタヤリウオの幼生」を描いていたのもすごい。まるで昔の自分を見るようで、DNAのパワーを感じた。 夜まで親戚モードで過ごして、そのまま車で会社へ直行。そのまま仕事モードに入る。仕事が大変な訳ではないけど、そのギャップにいささか戸惑う。それでも皆の気遣いで告別式にもいけたので、その分、頑張らないといけないと自分で思う。 |
| 10.Dec.Fri 【色々と忙しく】 |
それでも続けることに意味があると思うので、眠い目をこすって朝からトータルワークアウト。軽くクタクタになったその足で有楽町に向かい、交通会館でパスポートの受け取り。更に、コンタクトレンズが切れていたので眼科で診療してもらってコンタクトレンズ購入。早起きしたのに会社に着いたのは昼過ぎになってしまった。そしてバタバタと色んな書類作ったり、会議したりして時が過ぎて行く。その頃、横須賀では祖母のお通夜が行なわれていたはずである。とりあえず色々と片付けて電車に乗って横須賀へ。品川からゴトゴトと1時間、やがて着いた斎場では知ってる親戚、名前だけ知ってる親戚が集っていて、あちこちで話し込んでいた。 棺に入った祖母はようやく苦しみから解放されたといった顔で、久々によそ行きの格好をしていた。もう何年も寝巻き姿だったからね。 葬儀場に残る人達のためにギャーギャー言いながら布団を敷いた。一緒になって何かをしたことなんてないから段取り悪いったらないんだけどそれでもキタマクラにならないようにしたり、あれこれ言いながらやっている時間はとてもいい時間だと思った。 みんな、妙に従姉妹を気遣っているな、と思ったら、実はオメデタなんだそうだ。「いやぁメデタイねぇ!」と場違いな事を言ったりする。親戚で会う、ということがほとんどない家だから妙にぎこちないところが逆に愛しい、と思う。 |
| 9.Dec.Thu 【打ち合わせ成功など】 |
朝、国会議事堂前に向かう道中で父からの留守電を聞く。今朝4時半に祖母は亡くなったという。そうか…。昨日、横須賀に行く前、「今日は大丈夫そうだから来なくてもいい」と言われていた。でも「大丈夫なら余計に会った方がいい」と思って無理に行った。そしてそれが最後になった。今思えば、「死に目」には会えなかったけど「生き目」には会えた訳で、やっぱり無理して行ってよかったと思う。うん。 普通に仕事しながら会社に書類書いたりする。明日がお通夜で明後日が告別式。 さて、Life Goes On、今日は例のアンティークショップにも挨拶に行くことになっている。予定時間より遅くなってしまった事もあってお店の人に恐縮しながら芝居の規模や内容などを説明。会社の仕事ではないので、何か、別の業界の新人にでもなったような心境。ご主人からはかなり心良い返事を頂く事ができた。これでここ3週間程思い悩んだアンティークショップ問題にも決着がつくはずだ。撮影は今度の火曜(14日)に決定。 そして家に帰って喪服を探したり…と現実に立ち返る…。 |
| 8.Dec.Wed 【長い一日】 |
iPodを今更ながら車で聴けるようにした。FMで飛ばすやつ。音質が良くない、なんていう評判も聞くけどこれはかなり良い。昨日、あれこれ思い悩んだ末に、今日は懸案を一気に片付ける事にしよう。まずは古着の入った2つのでっかい段ボールをコンビニへ持って行ってボランティアに送る。そしてその足で銀座へ行ってパスポートの増補の手続き。期限があと3年半あるんだけど3ページしか無いから。それを無事に済ませてビックカメラなどをウロウロしているところでニュース速報。「横田さんとされた遺骨、別人と判明」。 これは!と思ってそのまま会社へ。こういう時は、休んでいるよりも仕事している方が精神的にラクだ。実際、しなくてはいけない仕事もあったし。単純に言えば「良かった」という事だけども、つまり北朝鮮側の言ってきたことは大げさではなく「嘘」だった訳で、「振り出しに戻る」って感じがする。こりゃ大変な事になった。 仕事しながら、昨日のアンティークショップにも電話。アポとれた。更に電話しなくちゃいけなかったり調べなきゃいけなかったことをテキパキと。休みに職場にくると妙に仕事がはかどるのが不思議。 しかし、同時にまだ大変な事があった。そんな仕事中に、「おばあちゃんが危ない」という電話が入っていたのだ。もう何年も入院している祖母は、今晩がヤマだと言われているらしい。親戚はもう横須賀に集まり始めていると言っていた。で、何だかんだあって夜の高速を横須賀へと向かい、日付が変わる頃には海辺の病院にいた。 もうずっと寝たきりの祖母はそれでも息をしていて、かすかに開いたまぶたの向こうの瞳は、こちらを確実に見つめていた。手を握るとぬくもりが…って結構熱い。看護婦さんが測ったら39.6度もあった。確実に息が荒くなっていく祖母。唇をしめらせたり、目をぬぐってあげることしかできない家族。深夜の病室で時が過ぎて行く。 深夜の養護施設。叫び続けるオジサンの患者さんとか、カクシャクとして背筋を伸ばしながらタバコを吸っているオムツ姿のおばあさんとか、不思議な人達が、その暗い夜の中にいた。何故かここにいる自分を不思議に感じながら、祖母が逝ってしまった後の祖父を思う。 結局、「ここは俺が見とるでえーから」という祖父の言葉により、一度、東京へと帰ることに。なかなか踏ん切りがつかずにいたけれど、明日の仕事もある。「きっともう会えない」ということをどこかで感じながら病院の外へ出る。 海辺の病院の駐車場からは満天の星空と、長く伸びる房総半島の海岸線が輝いていた。 |
| 7.Dec.Tue 【何故かしんどい】 |
最近、火曜日は4時からトレーニング。そのため、3時すぎの目黒通りを毎週のように東へすすむ。背後からは決まって美しい光が差して来る。そんな光がキレイで、信号待ちなどの時間も思わずカメラを手に取ってしまう。極めて瞬間的で本能的な写真をちょこちょこと撮りながら三田へと向かう。トレーニング。今日は寝不足なせいか非常にしんどかった。いつもは余裕でこなせるものも結構苦戦。実は、仕事でも写真でも、頼まれ仕事でも、あんまりうまいこと進展していなくて、そういう事が体力、というか気力を奪っているような気がする。 トレーニング後、最近の悩みの一つであるアンティークショップ探しで中目黒。某芝居のイメージフォト、確か締め切り間近なんだけど、未だにロケ場所すら決まっていない。殴り書きのメモを頼りに何軒か見て回る。まぁまぁいい所はあるんだけど、元のイメージ通りではない。いっそ、大阪の昔ながらの喫茶店をアンティークショップ風に撮ろうかと思い、ブッキングまでするが、予算の都合でこれも結局断念。 「うー」と悩む。そして、自分の中のイメージを変えて挑む事に決める。ちょっと解釈を変えてみて…明日、あの店に電話してみることにしよう。 ps.曽我さん一家が遂に佐渡到着。今年の5月22日の涙を見ただけに、良かったなぁとしみじみ。 |
| 6.Dec.Mon 【いやはや大変ですねぇ】 |
今朝も富士山がキレイだ。江戸時代には、江戸の町から富士山が見えたようだけど、今でも高いところからならくっきり見えるのですね。特に高層ビル越しの富士山っていうのは結構格好いい。朝っぱらから景色を眺めている時間はないんだけど、思わずじっと見てしまう。そのまま仕事は続き、結局今週も完徹で夕方を迎える。そして更に来客。大学の後輩が2名、いわゆるOB訪問というやつである。僕らの時代よりも更に早く、大学3年生の彼らの就職活動はもう始まっている。自分もOB訪問をした時は緊張したものだから、折角やってきた彼らに少しでも意味のある話が出来れば、と一生懸命お話する。結局何だかんだと2時間も話した。それにしても10コ下。 当時の僕だったら体育会でラクロス部の彼らはちょっと大人びて見えたかもしれないけど、どうみてもあどけない感じしかしないのはトシのせいだろうか。それにしても最近、大学生と会う機会が多いなぁ。 |
| 5.Dec.Sun 【基本問題】 |
朝から北朝鮮関連の取材をいくつか。午後に行なわれた記者会見では横田早紀江さんが「めぐみさん」の写真を手にして涙ながらに訴えた。ただ娘を返して欲しい、それだけだと。時が経てばたつほど「北朝鮮問題」は複雑化してくる。金正日体制、核問題、六カ国協議、万景峰、そして経済制裁…。様々なファクターがかぶさり、ともすれば「さらわれた人達を取り戻す」という基本問題を忘れているのでは、という事態にもなりかけている。そんな時、数奇な運命に翻弄されながらも早紀江さんは、強固な意志と強い母の心で「13歳でさらわれた少女を助け出さなくてはならない」という基本に立ち返ることができるのだ。 遺骨とされるものの鑑定結果はまだ出ていない。「本当に残酷な時間」だと、早紀江さんはつぶやいた…。 |
| 3.Dec.Fri 【ありがたみわかり器】 |
3時間睡眠で早起きして朝から鶏の胸肉としめじを炒めて食べる。今日の午前中一杯でケビン飯もおしまい。10時からトータルワークアウトで筋トレをこなして、10日間のしめくくり。ところで、遂に「そろそろスピード!」の声がかかった。スピードトレーニングというのがあって、これがとにかくツラそうなのだ。実際に見た事はないが、更衣室の横が「スピードルーム」になっているので、時々トレーナーのもの凄いかけ声と苦し気な物音が聞こえて来る。遂にあの扉の向こうへ行くのか…。 とにかく、今日から普通の食事が摂れる。そして11日ぶりに食べたもの、それは「カレーパン」であった。あのカレーパンの美味さの為に10日間の我慢があったと言っても過言ではあるまい。美味かった。その後の夕飯で食べた白米も美味かった…。しかしやっぱりコンビニに行っても本当は食べたいシュークリームに手が出ない。体のどこかで「食べちゃ駄目なもの」だと主張しているようだ。 あと、黄身と一緒に食べるゆで卵も絶品でした。普通の食べ物は本当に美味しいなぁ。 |
| 2.Dec.Thu 【そして10日が…】 |
10日間のケビン飯生活、ようやく今日が最終日。短い期間とは知りながらも、実際10日!と決めてしまうとカウントダウンがまどろっこしい。コンビニに入ればあれもこれも、と欲望ばかりが広がって余計お腹が減るのにサラダしか買えない、という生活も明日の午前中いっぱいまでで一段落。今日も朝からカジキ焼いて鳥の胸肉炒めてイカの厚切りを刻んで…と慌ただしくお弁当作りをしていた。頭の中は、明日何を食べようかという事ばかり。カレーもいいし牛丼もいいね。勿論、オムライスも捨てがたい。あとアイスにプリンね。普段、食べ物に感心ない僕がここまで食べ物に思いを馳せるとは、「ありがたみをわかる」意味でもこの食事制限の効果はあるような気がする。 腹に力がみなぎって、明日からは(一層)仕事にも写真にも力が入ることでしょう…。 |
| 1.Dec.Wed【学生達にお話など】 |
慶應大学の中でもマスコミに就職したい!と思っている人の勉強会というのがあって、週1回、毎日新聞OBの磯貝喜兵衛先生の下で勉強に励んでいる。別に某早稲田アカデミーみたいに過去問がどうとか言う事ではなく、文章力を学んだり、心構えを学んだりするようなことをやっていて、9年前、僕はそこの1期生だった。時は流れ、何と今の3年生は11期生!何と10コ下である。そんな学生達を相手にテレビ局で自分のしている仕事について語る、というのが今日の僕の使命。実は、毎年のようにやっているんだけど、毎回毎回同じような話をして学生達の質問受けて、という流れなのでいささか今日は油断気味であった。 で、いざ質問を受けてみると色々とシビアな質問が結構多くてビックリ。あえて表現するなら「思わずギャフン」な感じの質問がガツガツ飛んで来た。まぁ、あんまり就職と関係ない話で盛り上がったような気がするけど、結構面白かった。(役に立ったかどうかはわからないけど) 某局はもう試験が始まっていて、1次の書類を通った人達は今週末には面接だという。まだ3年生の12月。早いなー。最も、これが3月や4月になったとて、受験する側の何が変わる訳でもないのだから、そんなもんなのかもしれないけど。「自己PRシート」を見て、面接官でもないのに色々と聞いてみる。10年前、これには悩まされたなぁ、と思いながら。 当時に較べると、就職活動は確実に進化している。まずエントリーからしてインターネットが基本だし、OB訪問もメールで簡単にアポをとることができる。10年前は携帯すら満足に普及していなかったから、OB訪問もドキドキしながら会社の代表とかにかけていたものである。 こういうところで自分が今の職業を選んだ理由や仕事の内容なんかを話していると、当たり前だけど「初心」が目の前にありありと甦ってくる。学生達に話しかけながらも、自分で自分に訴えているような気がする。「知識の種を蒔きたい」なんて10年前に言っていたことは、今もやっぱりそうだよな…と思う。 ちなみに、今日は昨晩発見した学生時代の服でコーディネートして行ってきました。何となく…。 |