2004/3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 2005/1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 2006/1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 2007/1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 2008/1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2.May. Mon 【目撃者】
 徹夜で編集、その後現場へと再び向かう。体力的には大変だが、この事故の大きさを考えるとそれくらいは当たり前、と自虐的な気持ちも芽生える。昨日とうってかわっての晴天がまぶしい位だ。
 この事故を直接見たという人、何人かに話を聞いた。一瞬にして起きた信じられない出来事を、そのまま語るのはとても難しいだろう。我々が、1両目がどう突っ込んで2両目がどうなって…と、いった興味をぶつけてみたところで、実際はCGとは違い、脱線→激突は数秒の出来事だったのだと思う。その光景、音、臭いの記憶を集めて再現しようと思っても、やはり想像を絶する。
 事故現場から車両が移動され、どんどん片付いて行く。あの事故から丸一週間が経った。
1.May. Sun 【雨】
 かなり激しい雨が降った。昨日から線路の側に献花台が設けられ、事故に巻き込まれた人達やその関係の人達、近所の人達などがやってくる。そして、横に立っているJR西日本の社員が深々を頭を下げる。もちろん、彼らが何か悪い事をした訳ではないのだが、雨に打たれながら本当に申し訳なさそうに頭を下げる姿に、こういう一般社員にもPTSDのようなものが起こるのでは?とも思った。
 現場では車両がある程度片付いて反対側の状況などが落ち着いて見られるようになった。折れた電柱が、この電車が斜めに傾きながらやがて真横になり、マンションに突っ込んで行った様子を表しているという。今日はそのまま大阪で編集。雨に濡れた服を乾かす暇もなく、ひたすら画面に向き合う夜が流れる…。
30.Apr. Sat 【偶然】
 4月25日、列車は伊丹駅でオーバーランをした。いつもの駅のいつもの場所で待っていた人達は、それにつられて一斉に前方に動いたという。「あれ?」と思いながらツツツ…っと動いたのだ。ただそれだけの行為が確実に何人かの人を「死」に追いやったのだと思うとやりきれない。
 少なくとも僕は、電車に乗る時1両目に乗ろうとか3両目に乗ろうとかは、あまり考えない。たまたま1両目に乗ることもあれば、5両目に乗ることもある。そして、降りてしまえば自分がどこに乗っていたのかなんてことは簡単に忘れてしまう。しかし、この事故に関して言えば、2両目と4両目では天と地ほどの差があった。マンションの壁に張り付くように潰された2両目と、死者を出さなかった4両目以降(上の写真は4両目と5両目)。普段意識することなんてほとんどない「車両」や「車内での位置」が生死を決めたのだ。
 1両目に乗っていた生存者に話を聞いた。訪ねたその彼の部屋は本当に普通の若者の部屋で、韓国映画やスキージャンプペアなどのDVDが置いてあった。もしかしたら彼は、この部屋を出たきり帰らなかったかもしれないのだ。そんな日常の中にある血染めのバッグ。「生き残った、というより生き残ってしまったという気持ち」でいると、彼は語った。「それでも生き残った責任を果たしていきたい」とも。
 その日、彼に届いたメールは500件を超えたという。「生きているなら返事をくれ」。簡潔な内容が切迫した状況の空気を伝えてくれた。生き残った人達の闘いもまた、続いている…。
29.Apr. Fri 【日常の壊れる時】
 それは、極めて日常的な風景の中に佇んでいた。すでに事故発生から5日目。ゴールデンウィーク初日の夏を思わせる暑さの街の中に、異様な姿をさらしていた。その車両は、かつて僕も通勤に使用していたものと同じ、見慣れたあの電車だ。それが、瞬く間に信じられない光景を作り出してしまった。いつものつり革やいつもの中吊り広告が、置き去りにされた車内で所在無さげに揺れている。死者は107人を数え、重傷で入院している人も100人を超える。
 少し離れてしまえば、コンビニやファミレスに家族連れが集う普通の街。でもこの空間には、犠牲者の家族、友人、JR西日本職員、激突されたマンションの住人、マスコミ…様々な人が様々な思いで行き交う。どんな理由があったのかはまだわからない。ただ、あの時、スピードがもう少し遅ければ、この電車はマンションの前をいつものように通り過ぎ、1分30秒遅れで目的地についたのだろう。それだけの出来事だったはずなのに。
 ほんの一瞬の出来事が、多くの人生を決定的に変えてしまった。
28.Apr. Thu 【尼崎へ】
 新幹線で新大阪まで行き、そのまま東海道線で尼崎へと向かう。ホームに到着した時、3両目が目の前に来たんだけど、思わず4両目まで移動。特に1、2両目に乗る人は心なしか少ないな、と思う。
 尼崎の駅は、明らかに空気が違っていた。この駅でつながっているはずのJR福知山線は復旧の目安も立たない。その路線の利用客に対応するため、時刻表を抱えた駅員がいたる所に直立不動で立ち、緊張の眼差しで乗客の問い合わせを待っている。この人達が悪い訳ではないのに、まるで重大な犯罪を犯したかのような顔をして、今更来ることもないだろう、福知山線利用者の対応をやっているのだ。列車脱線事故の犠牲者は100人を超えるとみられていた。
 そのまま僕が向かったのは尼崎総合体育館。現在、遺体安置所となっている場所である。現場で収容された遺体は全てこの体育館内の安置所に運ばれてくる。そして、自分の家族や友人の突然の死を確かめたいという人達が、ここに来た遺体を確認するのだ。何体の遺体が入ったとか、高見運転士と思われる遺体が発見された、などの情報が次々と入る中、長い一日が過ぎる。普段なら単なる体育館であるこの場所。それが、ブルーシートで覆われた異様な空間になっている。不安気な顔で入って行く人、誰かの「死」を確認して涙を流しながら出てくる人。
 ただ、電車に乗っていたというだけで命を絶たれてしまうなんてことを、納得なんて出来る訳がない。そんな中、垣内社長もやって来る。今回の事故だけでなく、JR西日本の様々な問題が吹き出して来ている。「日勤教育」という名のイジメが今回の事故を招いたという見方もある。ただただ頭を下げる社長。結局、106人の死亡が確認された。
 現場では、一般のJR職員も苦しい立場に立たされていた。涙目で半分泣きながら対応する職員もいて、その心中は同情できる。自分の会社が、とんでもない事をしてしまい、そして自分の目の前に遺族がいて…。修羅場と化した尼崎総合体育館。長い夜だった。
27.Apr. Wed 【JJパーティ】
 夕方、妹のよーさんと共に恵比寿ガーデンホールへ。実は今日は雑誌「JJ」の30周年パーティなのだ。基本的に読者ご招待のイベントなのだけれど、ビデオ撮影をしようとやって来たのである。編集部のみんなは裏方に徹しているので、舞台の様子を直接見られないから、ビデオに撮っておいて!という訳だ。
 その日、ガーデンプレイスは「白」を着た女性達であふれていた。白を取り入れたファッション、というのが今日の参加条件なのである。そしてショーがスタート。JJモデル達がキャットウォークに現れる。17名(だっけ?)のモデルが勢揃いすることなんてまず無いそうで、とても貴重な光景である。ウルトラ兄弟勢揃い!みたいな感じ。
 1000人の女性達とモデル達の間に挟まれてカメラを振り回す。動きのあるファッションの撮影をぶっつけ本番で、というのは結構難しくて手がツりそうになる。でもいい勉強になりました。そしてファッションショーからゲストトークやら抽選会と、イベントを一通りやって終了。エンディングは「I love JJ」Tシャツを着たモデル達が大集合して華々しく終了!

 終了後の楽屋裏も華やか。半径5mにモデルだらけな空間に緊張しつつ更に撮影。金子絵里ちゃんや松田樹里ちゃんと一緒に写真を撮らせてもらって任務完了!(この辺は譲れないところなのです)
 ビデオ撮影とはいえ、どこに発表する訳でもないので気楽と言えば気楽。でも手は抜けないので終了後はヘトヘトでありました。今後、個人的に編集しなくてはいけない素材は色々あるんだけど、早いとこ、この素材も編集したいなー。
 その後、同じくヘトヘトになっていたよーさんと共に目黒のCLASKAで夕ご飯。ガドガドが美味しい。それにしても、最近、トータルワークアウトに全然全く行けてない!確実に体脂肪が増えているような気がするので早いところ何とかしなくてはいけない。
26.Apr. Tue 【スーダンは今…】
 尼崎の事故の死者の数は刻一刻と増えていった。時折発表される亡くなった方の名前に、知り合いがいないかどうか確かめる。何か、戦争でもしているかのような行為だな、と思う。
 そんな中、僕がやって来たのは国連ビル。某国連機関が開いてくれた「スーダンに関する勉強会」に出るためである。日本ではあまり注目されていないが、欧米ではスーダン情勢というのはかなり大きな割合で報じられるような問題で、とくに西部のダルフール地方をめぐる紛争に関しては、「南北和平の足かせ」として大きな話題となっている。
 逆に言うと、それくらいの知識しか持たずに行った勉強会。スーダンにも1年半在住した元UNHCRの方を講師に聴講するもの5、6人のこじんまりとした会議室で始まった。正直、基本知識が不足していることもあって肝心なところであやふやになってしまう所もあったが、これは復習でカバーしないといけない。
 「お腹がすいては平和は築けない」というのは真実だと思う。飢える平和よりは食える戦争、というところだろうか。そんな中で如何にして「食える平和」を作っていくか、そういうことだと思う。
 講師をされた方の経歴にも感動した。UNHCRの一員としてボスニアで味わった体験は、やはり羨ましいの一言に尽きる。そういえば、昔は僕も国連職員に憧れていたし、なるつもりだったのである。随分と離れた場所に来てしまったものだが、それでもこうして国連の人とお話できるのは、とても良い経験だと思う。(やっぱり相当憧れます、その生き方に)
 スーダンの和平が成立したのを受けて、日本は「スーダンPKOの派遣」を検討していると言われる。とても日本の常識では計り知れないようなスーダンという国の中で一体何が出来るのか?そもそも本当に行く気があるのか?今後注目していく一つの指針が持てた。
 その後、青山ブックセンターを散策。奇跡的に何も買わなかった。で、渋谷まで歩いて「鍼」。最近、マッサージのしすぎかもしれない。自粛しよう…とは思うんだけど。
 で、たまたま通りがかったので映画『真夜中の弥次さん喜多さん』を見る。さっきまでスーダンのこと考えていたのに、江戸時代のヤク中の同性愛者の映画。クドカンがもう、やりたい放題やっちゃいました、という感じ。今しかできない映画ですね。荒川良々が沢山出てくるのが良かった。この人結構好き。
 何かとりとめの無い休日でありました…。
25.Apr. Mon 【目を疑う光景】
 生中継の画面に表れたのは、目を疑うような光景だった。電車がグチャグチャになってマンションに突っ込んでいる。それも、僕も何度か乗ったことがある福知山線の、よく見るあの電車が。最初は「少なくとも20人が負傷」などと言っていた。しかし、そういうレベルの話ではないことは、映像を見れば明らかだ。そもそも、1両目はマンションの中に完全にめり込んでいるという。
 尼崎市には僕も2年弱、住んでいたことがある。当然あの辺りの電車も使ったことがあるし、またいまでも使っている知人もいる。ごく平凡な日常の中にしかありえなかった光景が地獄絵に姿を変えてそこにあった。次々と送られてくる悲惨な映像。「死」というものがすさまじい勢いで支配するその空間。まるで遠い異国の出来事のようなその光景は、しかし紛れもなく日本の尼崎のものであった。
 「目を疑うような光景」ばかりが繰り返されている気がする。9.11の崩れゆくビル以来、去年の台風だとか、新潟の大地震だとか、スマトラ沖の大津波だとか…。数十年、数百年に一度規模の光景が、何故にこうも繰り返されるのか?どこかのテレビ局が地上の映像を流した。そこには、女子高生らしき人達が泣きながら震えている光景が映し出されていた。鳥肌が立った。今,こうしている間にどれだけの命が失われているのだろうか?「目を疑う光景」はしかし、現実でしかない。そして僕たちはそれを、大急ぎで伝えていかなくてはならないのだ…。
24.Apr. Sun 【国民大集会】
 今日も結構早かった。何故なら今日は拉致問題に関する「国民大集会」が日比谷で開催されるからである。1999年以降、毎年行なわれている拉致問題解決を訴える大きな大会。久々に横田夫妻にもお会いしてお話を伺った。  
 今の季節、思い出すのはめぐみさんと5人家族で「つつじ」を見に行った思い出だそうだ。若き日の早紀江さんとお茶目なめぐみさん、そして双子の弟たちが滋さんのカメラにポーズをとる写真を何枚も見せてもらった事がある。あの桜の下の哀し気な顔ではなく、満面の笑みをたたえた明るいめぐみさんの姿がそこにはあった。13年で途切れた横田家のアルバム。まぎれもなくそこに存在した優しい微笑みが残酷に奪われたということだけは確かな事実だ。
 そして、同じような思いを抱える家族や未だに日本政府に「拉致」と認められもせず、不利な闘いを強いられている特定失踪者と言われる人の家族などが今日、この日比谷に集まり、経済制裁を訴えたのである。2000人収容の公会堂に6000人の人が集まり、2つの会場で同時並行して行なわれた国民大集会。ライブドアや反日運動で最近、取り上げられることの少なくなっていた拉致問題の大きさを改めて思い知らされた。
23.Apr. Sat 【講演みたいなこと】
 朝は早めに出社してダダダダダっとお仕事。短期集中でダーっとやると、効率よく色々処理できていい感じ。何故そんなことをするかというと、今日は大学の研究所(メディアコミュニケーション研究所という)の合宿先に、OBとしてお話をしに行かなくてはいけないのだ。
 場所は湘南国際村というところで、逗子からちょっと行ったところの高台にある。セミナーハウスとか住宅とかが立ち並んでいるところで、うちの家族には以前、「ここに引っ越したい」というものもいた位でとにかくそんないい所である。そこに、大学時代の同期であるアンコちゃん(JJ編集部)と共に行った訳である。
 都心から40分くらいで着いたんだけど、「JJ買うの忘れたからコンビニに寄って!」というアンコの要望の応えるため、葉山までコンビニ探してウロウロ。青い空、強い日差し、サンダルばきの子供たち…あたりはすでに夏の雰囲気。そういえば、夏ってこういうものだったんだ、と思い出す。
 で、ようやくたどり着いて先生方と再会。中には10年ぶりに会うような人もいたんだけど、「お久しぶり」の言葉もそこそこに「放送と通信の未来」についてのかなりディープな話になっていた。さすが研究所、とちょっと納得。
 さて、いよいよ懇親会。僕とアンコと後輩の日経BPの人と読売新聞の記者と、4人でブースを作ってそれぞれに学生達が群がってお話を聞く、といった趣向。先生からは「質問でも聞いて適当に…」みたいなことしか聞いていないが、相当の人数(5〜60人くらい?)を相手に喋るので結構しんどい。ある程度喋って、質問コーナーに。こういう時、後で質問しやすいように、答えの中に次の質問のタネを仕込ませておくと、話が展開しやすい。
 それにしたって色んな角度から違う種類の質問が飛んで来るのでバトルロイヤルを1人で闘っているみたい。それぞれの質問をちぎっては投げ、ちぎっては投げしながら頑張る。そうして1時間くらい、何とか場をもたせる。しかもそんな事しながらも仕事の電話も入り、懇談会しつつ仕事もしつつ、と忙しかった。
 僕が大学生だった頃、10年前の卒業生なんて来たらそれは「オッサン」だと感じていたと思う。しかしそれが我が身にふりかかった時、「別に生徒の席に座ってても違和感ないよね」と言いたいと思うし、実際そんな気もする。(気のせい?)それはともかく、きっとこの部屋にいる人の多くが記者や編集者やディレクターやアナウンサーなんかになっていくんだろう。そうなった後も、少しでもつながっていられたらいいな、と思う。つながりは財産ですからね。
 葉山の美しい夕焼けを見て、速攻で会社へ戻って仕事。結構忙しい日でありました。
21.Apr. Thu 【一休み】
 さすがにお休み。夕方まで寝てました。でもエイヤと起きて新宿のギャラリーまで行って写真集について打ち合わせ。試し焼きを作ってそれを印刷所に持っていって試し刷りを作る、という作業を始めるのだ。段々作業が具体的になってきた。
 その後、ずっと気になっていた車を洗車して、何となくヒルズへ。今度オープンするトータルワークアウト六本木店の場所をチェックして、映画『コンスタンティン』。予告編とかカッコいいので見てみた。で、内容はというと…うーん。あんまり面白くないかなー。キアヌは40歳にもなって凄いと思うけど、どうも退屈な感じがしたなぁ。
20.Apr. Wed 【ひー疲れた】
 こないだの日曜日に出社して、そのまま仕事することしばし。月曜になっても火曜になっても仕事終わらず。火曜の夜にリクライニングシートで眠れると思いきや、夜中3時にいっぱいだということが判明し、社内ホームレスと化し、ベンチコートを着て机の下でしばし眠る…。いや、久々にこんなにみっちり仕事しました。結局終わったのは水曜の深夜。帰宅したらもう木曜日になっておりました。
 終わった記念に足つぼマッサージへ。しかし,当然寝ちゃったので気持ちよかったのかどうかもわかりません。足はスッキリしたけどね。ベッドで寝るの久しぶりだー。
15.Apr. Fri 【見た??】
 いい天気だけど風邪なのでコート着て行動。水曜に修理に出したカメラが直ったというので芝浦までとりにいく。桜の季節が終わり、葉桜から花吹雪が吹いていて綺麗。去年も芝浦でこういう風景を見たなー。
 さて、今日は「4・15」。日本国民ならだれもが待ちわびた日。そう、ドラえもんリニューアル第1回放送日である!さすがにリアルタイムでは見られなかったので録画してチェック!さて、その出来は如何に??
 1.声について
 今回のリニューアルで注目を集めたのが全てのキャラの声。ドラえもんの声は一部で出ていたが、他のキャラは今日がほぼ初となる。のび太の声は割と好感が持てた。若干ハキハキしすぎているきらいもありますが、とてもいい声だと思う。スネ夫はまぁ、あんな感じかな。14歳の声優で注目のジャイアンは、やっぱ幼い感じ。技術的にも劣るし、1人だけ素人が混じっているような違和感がある。まぁ、14歳とか知っているからそう感じるのかもしれないが。
 ドラえもんはどうか?やっぱり幼すぎる気がするなぁ…。
 2.作画について
 今週から、藤子F不二雄先生の絵に近づけようと、絵もリニューアルされた。黒目が大きくなったり、表情も漫画的に激しく変化する。でも、その割にはしずかちゃんの描写なんかは原作とかけ離れた感じはある。これまでずーっと変わらなかったのび太のシャツの色も、話ごとに変化したりする。
 あえて今、何故この70年代テイストの絵なの?という気はするけど、そんなに嫌な感じはしない。ただ、25年間で成長してきた各キャラが一斉に「幼くなった」感は否めない。小学5年生だったみんなが小学2年生になったみたいな感じ。
 3.話について
 1時間スペシャルの3話で海洋冒険、歴史冒険、感動系と3つあって、色んなテイストを試してみようという制作側の思惑がよくわかる。しかし、その中の最初の2つはちょっと「???」な感じ。話がすぐに「海の中」とか「古代世界」とかに飛んで、現実感が全然ない。これを第一回にもってくるのはどうかと思う。ただ3つ目は良かった。今回のキャラでも(少なくとものび太は)感動ものが出来るということの証明になったのではないだろうか?
 4.総論
 「ドラえもんは元々生活ギャグだったはずだ」という意見が、ここ数年根強かったと思う。確かに単行本初期のドラえもんはネズミ相手に地球破壊爆弾を出すほどのハチャメチャキャラではあった。しかしそれが映画などでスケールが大きくなるにつれて「人間ドラマ」が求められ、ドラえもんがいつの間にか説教臭い「金八」的キャラになってしまった感はあった。
 今回のリニューアルはその事に対する揺り戻しのような感じもあると思う。ドラえもんはのび太と共にバタバタと動き、どちらかというとツッコミというよりはボケを演じる。
 新生ドラの感想を一言で言うと、「ドラえもんがのび太のペットみたい」だってこと。声も作画も幼くなって、「頼れる存在」が「かなり頼りない存在」になってしまった感が否めない。今までの成長を否定するかのような気配すら感じる。「生活ギャグ」と「人間ドラマ」の間で揺れ動く今のドラえもん。しばらくは目が離せそうもない…(なんちゃって)
14.Apr. Thu 【で、風邪をひく】
 という訳で風邪をひいた。この間、雨の中、傘をささずに歩いたことが原因と思われる。(別に傘をささなかったことに深い意味は無く、ビニール傘を買うのがもったいなかっただけなんですけど)
 とにかく、昨日の夜からノドが異常に痛い。もうズキズキ。仕方ないので「のどぬ〜るスプレー」は欠かせない存在となる。あと、マスクと飲み薬も。ついでに熱冷マシートまで買って完全防備。風邪をひくと結構出費がかさむなぁ。トータルワークアウト、行けるはずもなく当日キャンセルしちゃってこれも余計な出費だ…。
 でもせっかく早めに帰ったので水槽の掃除したりする。結局ビショビショになって逆効果。なんだかなー。
13.Apr. Wed 【フル回転な一日】
 深夜のお茶会から帰って寝ておきて、すぐに新宿。再びビデオ撮影の続きなのだ。ネイルアーティスト黒崎えり子さんのネイルの取材シーンを取材。エリコネイルは1年前にも同じように撮影したので久しぶり。昨日のお茶とはうってかわってバリバリと働く姿を撮影。
 その後、昨日壊れたカメラを修理に出すために芝浦まで移動。海に近い無骨なビルの4階にたどりつき、何とか修理を依頼。完成がいつになるのかは今のところ不明。早いところ何とかして欲しい。「撮影したい時にカメラは無し…」ではどうしょうもないのだ。
 続いて芝浦から護国寺まで移動。光文社のスタジオで撮影中の山村さんの仕事ぶりを再び。カメラマンの林さんとは去年の撮影以来たびたびお会いすることもあり、かなり自由に動いて撮ることができた。そして写真を志す身としては、カメラマンのスタジオワークをバッチリ見られるのもまた、良い経験となる。昨日の「大和撫子」な感じから「キャリアウーマン」な感じにギャップのある山村氏を撮影。そして「一生のお願い!」と言ってモデルの松田樹里さんに写真を撮らせてもらう(↑)。スーパーかわいい。もっと色々撮りたい欲が出るのは写真家としては当然であろう…。(ノーメイクの時もすごく美しかったので)
 更に、JJ編集部に突入してみんなのお祝いコメントをワイワイと撮る。みんなで「I LOVE JJ」Tシャツ着て撮ったのは結構よかったと思う。ついでにTシャツも頂きました。ありがとう!…と、山村氏の結婚式ビデオにかこつけて自分が結構楽しんでいるのかもしれない。いや、実際楽しいのできっとそうなんだな。
 JJを出たのが夜8時。それからさらに原宿へ移動。アーチスト見習いの橋詰さんがグループ展の準備で四苦八苦しており、それを手伝う為だ。パレットクラブという、僕も昨年在籍したスクールの卒展なんだけど、何か下準備の時点で橋詰に過大な重責が課せられていて相当テンパっている。僕も、朝からの疲れとノドの痛みがかなりヒドくなっていたこともあってヒーヒーしながら準備。あれもやりたい、これもやりたいという気持ちに技術が追いついていないのをどこまでフォローすればいいのか、正直こっちもキレ気味に指導。結局、橋詰さんを家まで連れて来て足りない機材を貸したりネットで調べたりして「なんとかなるでしょ」という段階までは持っていけたと思うんだけど…。
 それにしてもノドが痛い。明日、声出るかなー…。
12.Apr. Tue 【茶の味】
 今日は引き続き結婚式ビデオの撮影。新婦になる山村さんの家は「お茶」の藪内流茶道の家なので、今日はお茶をたてるシーンを撮影。夜、ばっちり着物で決めた山村さんとお母さんの元に馳せ参じ、いざ撮影!となった時…「!あれ?カメラが動かない…」んなバカな!と思いつつ、どうしようもない様子。「えー、現在の状況を申しますと…」と、状況を説明。恐らくはコレがあれば何とかなるだろう、というモノを家まで取りにいく事に。道がすいていれば20分程の距離なので、とりあえず何とか。
 で、戻って来て作業するも、「!!!?」何故か、ウンともスンとも言わない。困ってこのカメラを売ってくれたカメラマンさんに電話。どうしようもなくなり、横浜に住むその方に代替機を貸して頂くことにする。何か、もの凄いおおごとになってしまった…。僕のカメラは、修理に出すしかないようで、結局、こうするしか今日の撮影を乗り切る方法は無かったのでした。ワウチさん、本当にありがとうございました…。
 そんなこんなで撮影が始まったのは日付も変わった頃。しかしその間に随分とお師匠であるお母様とお話することも出来た。前々からお茶のような世界には興味があったので「やってみたら?」の話に「やりたいです」と返答!お茶の世界に足を踏み入れることまで決めてしまったのだ!「カメラ壊れて茶の世界へ…」これも運命。
 トータルワークアウトだって去年の結婚式ビデオの撮影したから通うことになった訳だし、結婚式ビデオは色々と僕の世界を広げてくれるもの、なのであるようだ。
9.Apr. Sat 【伝説の男】
 その男には伝説があった。「昔は社交的だったがいつの間にか極端に内向的になり、人と会うのを嫌う」「恵比寿〜中目黒から外へは出ない」「森首相が就任した時、世を嘆いて1ヶ月ほど家に閉じこもった」等々。その男とは今回の結婚式ビデオのもう一人の主人公のY君である。灘→東大を経て、コンサルティング会社で働く彼はそういった噂ばかりが飛び交う謎の人物で、お相手山村さんとの2ショット写真も、別の人が所有する1枚しか存在しない。(ちなみに交際は10年にも及ぶ)
 勿論この撮影どころか結婚式にも消極的で、山村さんは結婚式を実現するため、毎週一回「結婚式をすることによって生じる良い事」についてレポートを提出、プレゼンを重ねて来たという。果たしてそんな人が結婚式ビデオになんて出演するのだろうか?その問いは、もう1年も繰り返されて来たのだ。実際、今日もちょっと撮影しようと思っていたんだけど「撮影したいと言ったらそのまま電話を切られました」というので、いよいよ強者だ。
 しかし、打ち合わせをしないと話にならない。「何とかダマして打ち合わせには連れて行きます」とのことで、午前中から打ち合わせ。どんな人物かと固唾を飲んで待つ僕とアンコちゃんの前に、ついにその男はやって来た!
 「おはようございますー!」…と、やって来たのは…超好青年。大阪弁のリズムに乗って軽快に進む打ち合わせ。無理だろうなぁと思っていたあんなこともこんなことも、「やりますよ!」の展開にこちらもビックリ。あの伝説はなんだったんだ!という感じに、山村さんまで意外だったという。
 ま、とにかく色々約束したので、面白いものに出来そうな予感。しかし、これによってやらなきゃ行けない事は激増!5月半ばまでは相当な苦労が予想される…。
8.Apr. Fri 【散りぬるを】
 あぁ、今年も花見をすることなく桜が散っていく…。ま、花見と言ってもお酒も飲まないし別にいいんだけどね。ただやっぱ「勿体ない」感はすごくあります。「今年の桜との付き合いはこれでよかったのか?もっとすることがあったんじゃないか?」なんて。日本人ですねー。
7.Apr. Thu 【撮影スタート】
 毎年恒例のビデオ撮影が始まった。今年はJJ編集部の山村さんが主人公。もう1年も前から頼まれているのでこちらもやる気は十分。先月31日に打ち合わせをし、今日から撮影スタート。前もって構成を立ててる訳でもないので、とにかく必要そうなものを撮っておく。20年、30年経った時に、今日の日の空気を覚えておけるようなものにしようと思う。
 で、早起きしてやって来たのは鷺ノ宮にあるとあるお家。ここではお料理教室をやっていて、編集部の女の子達が料理修行をしているのだ。話には何度も出てきた場所だったので、行けて良かった。しかし、こういうところで学んだものを食べさせてもらう身分になりたいものである。本当。
 その後、仕事色々。終わって一旦帰宅して出直してトータルワークアウト。やっぱ、筋トレ気持ちいい。終わった後の爽快感たるや格別なのです。
6.Apr. Wed 【Candies】
 朝6時すぎに電話が鳴った。こんな時間にかけてくるのはアンコという人しかいないので、頑張って応対する。「JJ」の読者プレゼント企画に例のタンクトップが選ばれたそうで、PO-Uの表記とか写真のことについて等の質問に朦朧としながら答えた気がする。そんなこんなで2度寝して寝坊…!
 今日は渡部満里奈結婚ニュースが話題の日だった。満里奈と言えば、僕らの世代では「目利き」として名を馳せていた。僕らが興味をもつと、いつの間にか満里奈が先鞭を付けていた。もう10年以上も前、スチャダラがいいなぁ、なんて思ったらプロモに出てるし、BOSEと噂になるし、オザケンとも噂になるし、台湾行った時なんか、ガイドブック代わりに満里奈の本だったし…。が、よりによって名倉潤とは!何故?って感じ。もしくはなぁーんだ…。みたいな。大体、見出しは満里奈結婚、であって名倉結婚ではない。そこんとこ重要ですな。
 仕事終わりで急いで下北沢へ。G2作の芝居「Candies」にご招待してもらったのだ。笑って泣かせるG2芝居。「設定に無理が…」という声もありましたが、僕としては大変に面白かったです。芝居に詳しい方ではないので偉そうなことは書けないけど、役者さんもしっかりしていて見応えがありました。何て言うか、独特のリズムがとっても心地よく響くのがG2さんの芝居の良いところ。これからも沢山見たいと思ったし、過去の作品もちゃんと見直したいです。
 その後、神楽坂まで移動して友達と夕飯。…と言っても到着したら22時!ヘルシーな食事など頂きつつよもやま話を…。最近暖かくなってきて夜風も心地よいですね。
5.Apr. Tue 【よかったよかった】
 火曜日はいつもなら昼過ぎまで寝ているんだけど、エイヤと起きて出かける。写真集出版に向けて写真専門雑誌に写真をプレゼンしに行くのだ。出版するからにはPRしないと,意味が無い。実は昨年も一度見てもらったことがあったんだけど、その時は「もうちょっと勉強して…」何て感じで取り上げてはもらえなかったのだ。
 そんな訳でやってきた某有名写真雑誌編集部。編集長に、現在進行中の写真原稿をパラパラと見てもらう。「だいぶ印象が変わったねー」と第一声。さらにパラパラ…。半ばにさしかかった時点で「グラビア希望ですよね…○月号でいい?」とのお言葉。勿論、一も二もなくお願いする!正直、全く期待していなかっただけに本当に良かった。ま、僕は慎重なので雑誌が出るまでは過度な期待はしないようにしようと思うけど、でも頑張ろうっと、なんて思ったりしている。写真家デビューのつもり、ではある。(うまくいけば)
3.Apr. Sun 【ヨハネパウロ2世逝去】
 とうとうヨハネ・パウロ2世が亡くなった。84歳。僕は、物心ついた時からローマ法王と言えばヨハネパウロ2世だったから(僕が6歳の時から法王な訳で)法王の死なんて初めての出来事と言ってもいい。これまでの法王の映像の数々や、日本で行なった日本語の挨拶などを聞いていると、ものすごい人だったんだということが改めてわかる。様々な世界の壁を乗り越え、握手をし、分かり合おうとした(同性愛とか中絶には厳しかったけど)法王。
 アメリカ歴代大統領からダライ・ラマ14世、アラファト、カストロ、ゴルバチョフ等々と握手し、ボスニアを訪れ、パレスチナを訪れている姿には感動する。そして、それでも平和が訪れる事はないんだということも実感する。良くも悪くもそんなものなのかもしれない。
 今後は枢機卿の会議コンクラーベで次期法王が選ばれる。テレビではその選出法等を盛んに取り上げていて、それにしたってローマ法王の選出なんてネタが世間の話題になるのは世界史好きとしては嬉しい限りだ。
1.Apr. Fri 【新年度ですね】
 今日から2005年度がスタート!と、同じようなことを昨年の日記にも書いたなぁ、というところですが、今日をもって色々と変わることも多いらしい。よく聞くのが「個人情報保護法」というやつ。要するに業務上得た個人情報を漏洩したら責任を問いますよ!ということらしいのだが、「訴えられるかもしれない」という不安から色々と変わることも多いらしく、色々と生活にも影響してくるようだ。
 何でも、病院で名前を呼ぶのをやめたり、入院患者の名札を外したり、見舞いの人に病室を教えないとか、無茶な対応もみられるとか。最近、「お預かりしているあなたの個人情報は大事に守りますよ!」という手紙が続けざまに何軒も来ていた。しかし、その封筒が別の封筒とノリでくっついていて別の人の個人情報が見事に僕のところに来ているのだ。これはもう、皮肉と言うほかない。
 ま、人間のすることなんてそんなモノでしょ。過剰反応することなくやって欲しい。
31.Mar. Thu 【結婚式ビデオ始まる】
 仕事を終えて一旦帰宅したあとで車で出直してトータルワークアウト。最近、この「一度帰宅して出直す」というのがとても心地いい。何か、半日くらい得した気分になるのだ。しかしながら思いもかけぬ「スピード」メニューが課せられ、ここ10ヶ月で最もテンションの低いトレーニングとなってしまった…。体力は勿論、体がついていかない感じ。情けないけど途中でトイレへ直行!という感じでした。
 そしてその後、アンコちゃん家に集合して山村氏の結婚式ビデオの打ち合わせ。ちょうど1年前の今頃、当のアンコちゃんの結婚式ビデオを作るのに駆け回っていた日々が懐かしい。(詳しくは↑のMar~Mayをご覧あれ)
 細かいのも入れると何と僕の手がける10本目の作品となる。特に、JJで働いている人々の作品は相当凝ったものになる宿命にあるので、今回も凄いことになりそう。5月の半ばまでにやらなければいけないことが山ほど増えた。でも、こういう事でもないとプライベートで映像作品を作る事なんて滅多に無いから頑張ろうっと。
 結局帰宅したら5時!って感じでした…。