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31.Jan.Tue   【ちょっと疲れが…】
 最近、徹夜とか早朝からとか、そういうのが相次いでいて、しんどかった。しかし、ラッキーなことに今日はお休み。昼からのトータルワークアウトも寝過ごすほどに寝てしまった。夕方、ボーっとした頭で英会話へ。「ボーっとする」というのを、「I have a soft brain.」というらしい。そんな事ばっか習ってるなぁ。
30.Jan.Mon  【どうなんだろう】
 の住んでいる所から10分ほど行ったところにある公園では、沢山のホームレスが小屋を建てて暮らしていた。でも、大阪市はイベント(世界バラ博とか)が予定されていることもあり、彼らに移動して欲しい、と考えて交渉をしてきた。
 
阪市は舞島という場所に一時的な住居を用意しているんだけど、住める期間が半年と短いのと、集団生活を苦痛とする…などの理由からホームレス側は断固拒否、なんだそうだ。とにかく、そんな訳で今日。大阪市によるテントの強制撤去、と相成った。
 
から多数のマスコミが押し掛ける中、スクラムを組んで「住む権利」を主張するホームレスとその支援者たち。大阪市側と睨み合いが続く中、周囲のテントは次々に破壊されていく。抵抗しようとする人は抱え込まれて公園から排除。叫び、もだえながら運び出されて行く。
 
を見ても、「ここは日本か?」という状況だったことがわかる。大人の人間同士があちこちで怒鳴り合いながら衝突を繰り返し、挙げ句の果てに暴動のような形になってもみ合う。もしくは「今は60年代か?」みたいな感じだったかもしれない。結局、5時間ほど睨み合った挙げ句、テントは全て壊され、ホームレスと支援者は公園を追い出されてしまったのだけれど…。

 「ホームレスからすみかを取り上げるなんてひどい!基本的人権が尊重されていない!」という人もあれば、「公園を不法占拠していたのだから追い出されて当然」という人もいる。皆さんはどう思いますか??ちなみに、僕は「舞島の施設に入ることが基本的人権の侵害に当たらないなら、市の処分は適当ではないか」と思います。でも、これからはそうも言ってられないのかな?

 上龍が「半島を出よ」で描写したような、ホームレスが自治を行なうような巨大なテント村があちこちの公園に出来る日も近い…かもしれない。(実際、先日大阪地裁は扇町公園内に住む男性のテントを「生活実態がある」という理由で「住居と認める」という判決を出したし)

29.Jan.Sun  【旧正月!】
 念日というのは色々あるもので、今日はいわゆる「旧正月」というやつだった。僕がお正月をどこか特別に思うように、中国文化圏の人は、この日こそ、特別なのである。中国各地では爆竹が炸裂して新年を告げ、各地の中華街では、龍が舞い踊るイベントが行なわれた。
 
が訪れたのはベトナム人コミュニティの旧正月(テト)。あのテト攻勢のテトである。会場になった学校のホールへ向かうと、階段の踊り場で元気にケンカをしている子供たち。喋りは関西弁だけど、顔はベトナム人そのものだ。そして、会場内ではベトナム語のアナウンスのもとで歌や踊りがエンドレスで続いていた。何か、逆に日本語が通じるのが不思議な感じ。
 
ュウギュウに集まった人々。部屋の隅ではベトナム料理やデザートのお店が出ていて、フォーなんかも食べることができる。ほとんど告知されていないだろうけど、ベトナム好きにはたまらないイベントかもしれない。
 
、この人達が国を離れ、この街で暮らしている裏には、100%、ベトナム戦争の影響がある。どの家族も大きな歴史に翻弄されるようにしてここまで流れてきたのだ。西日を浴びながら踊る男女の笑顔の裏にある苦難の歴史を思いながら、この不思議な空間を眺めていた。
28.Jan.Sat   【眠い中】
 晩中会社にいたんだけど、午前中に一旦解散。ほぼ寝ていない中、せっかくなのでナンバにある大きな本屋さんに行ってみた。4階の写真集コーナーに行くと…あったあった、ひそかに一冊だけ置かれていました。東京の本屋さんみたいに平積みにしてはくれてないけど、自分で自分の本が売られているのを初めて見て、ちょっと感動。ページをめくると、全て自分が写した写真なのが不思議です。

 、再び会社に行って夜中まで仕事。内容は一切書けませんが、かなりエキサイティングであったことは確かです。眠気も吹っ飛びました。ホント。

27.Jan.Fri  【今年の目標】
 真をいつからやってるの?と聞かれることがある。コレは難しい質問で、正直、答えに窮する。勿論、シャッターを押し始めたのは子供の頃だろうし、大学時代に旅をするようになってからは、かなり自覚的に凝った構図を狙ったりしていたし…。
 
、やっぱりちゃんとやり出したのはパレットクラブというアートスクールに入り出してから、つまり2003年5月から、ということだろう。それまでは、自分でまとめたファイルを、ごくわずかな人に見てもらうだけだったけど、この頃を境に不特定多数の人に見せることを目的にするようになった。
 
れまでは、旅をすることが目的だったけど、写真のために旅をするようになったし、同時に他の写真、写真家にも興味が沸いてきた。(写真自体は10年前のHIROMIXブームくらいから好きだったけど)アフガニスタンで撮った写真を少しでも多くの人に見てもらいたい、と思って始めたこの活動も、気付けば写真集まで出す事になり、憧れのブックファースト写真コーナーの平積みコーナーに置かれるまでの栄誉を得た。写真を初めて、2年半でだ。
 
を始めたのが30歳、という遅いスタートなので、それでもまだ喜んではいられない。写真界でいかに認められて行くか?と日々考えている。で、今年の目標ですが、「何か賞をとりたい!」という事です。普通、賞とか取ったあとで写真集を出すんだろうけど、僕はそこんとこを逆に来てしまったので、改めて地盤を固めておきたいな…と思う訳です。
 
かし、早くも「ひとつぼ」も「平間至賞」も応募しないで締め切りを過ぎてしまった訳で、これからはいつ募集が始まっても対応できるように準備しておこう…と固く誓うのでした。ガーディアンガーデンのもう一つのやつでも応募しようかな…。
26.Jan.Thu  【老眼鏡&目撃情報】
 おきると、視界は相当クリアになっていた。ただ、想像した程ではないかなぁ。単純に言って、常にコンタクトレンズを付けているような感じ。間違えて、コンタクト外すように、角膜を外しちゃったりしないかどうか心配だ。
 
をする上で、老眼鏡生活はすこぶる不便だ。近くのものを見て、遠くのものを見て…。結局老眼鏡を下の方に下げて三木のり平スタイルが一番効率的だということを知る。よく、鼻眼鏡で上目づかいにこっちを見るオジイサンがいるけど、その気持ちがよーくわかった。

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【写真集目撃情報】
 本日も東京の大手書店にて目撃情報がありました。こっそり写真を撮ってくれた方がいらっしゃいましたので、ここで使わせて頂きます。アラーキーの新作と、瀬戸正人さんの新作の間に挟まれております。

 我が写真集だけ少ないのは、それだけ売れたのか?はたまた、この本だけは5冊しか入荷しなかったのか?定かではありませんが、とにかくこんな光景は発売直後の今しか見られないと思いますので、本人としても是非一度、目撃したいものです。

25.Jan.Wed  【アンダルシアの小犬】
 をやっている割には、僕は眼が悪い。0.04とか、そんなものだ。いつもはコンタクトで何とかしているんだけど、コンタクトが(使い捨てなんだけど)無くなった時とか、メガネを忘れたとき、道を歩く事すらままならない状態になる。

 んな訳で、受けてきました、視力回復手術!よく、タクシーなんかでチラシが置いてあって、「うさんくさいなぁ」と思ってはいたのですが、周りの人とかが結構やっているのを見て、「肩がこらなくなった」とか「新しい世界が開けた」とか夢のようなことを言っているので、「やりたいなぁ」に変わってきた訳です。

 の検査でOKをもらい、3日間はコンタクト禁止。そうして今日、本番に臨んだ訳です。指定された時間に病院に行くと、同じような患者さんが3人います。20歳前後くらいって感じ。結構高いのに、凄いなぁ、と関心しつつ、モニターには怪しくビデオが流れています。 この病院の院長が手術の段取りとか、注意点を延々語る、というものでこれを黙々と見せられる図は、ちょっと宗教っぽくて、「やっぱうさん臭いかも」と思う。
 しまいに先生が出てきて、改めて説明。口調が威圧的かつ慈悲深く、やっぱり宗教臭い。でも、まぁいいや。その後、検査したり、目薬つけたりして、いよいよ手術台へと向かう。メガネもないし、目薬で麻酔がかかっているので、周囲はぼんやりとしか見えない。
 で、こっから先が気持ち悪いんだけど、開眼器というので眼をムギューー!っと開けられて、それから黒目めがけて筒みたいなのが降りてくる…

 …と、ここから先は、ほぼ失明に近い状態になる。眼を開けていながら何も見えない、というのは不安だ。真っ白な空間に、赤や黄色の点々が見えるような気がして、何となくカンディンスキーの抽象画のようだな…と思う。そんな状態が4〜50秒続いて、同じようなことを別の目で。「痛くない」と聞いていたけど、結構痛い。

 れから20分ほどの間を置いて、再び手術台に昇る。今度はいよいよ角膜をペロンとされてレーザーで目ん玉をジリジリ焼かれるのだ。焼かれる最中は、焦げる匂いがする、とネットで読んだけど、本当にそんな匂いがした。目玉本体というか、目の周りが痛くて、思わずベッドに爪を立ててしまう位。これも40秒くらいかな。片目が終わって、ではもう片方、となった時は、「もうやめてぇ」と内心思った。確かに、ベッドを降りる時には目がよくなっているのがわかったが、痛くてあんまり目を開けてらんない。

 …で、その後、4人の男たちが2時間も半目状態で座って過ごす。何となく、第一次大戦時の、マスタードガスで負傷した兵士達の映像を思い出す。暇なら本を読まないと気がすまない僕だけど、さすがにそうもいかない。たまたまカバンにラジオが入っていてよかった。

 か目薬を打ってもらって、手術2時間後には解散。でっかいゴーグルみたいなメガネをかけて帰る。こうして目を保護しないと、危険なのだ。途中、いつものクセで紀伊国屋なんかに行ってみるが、視力が安定してないのでほとんど書棚を見ることもできず、目も痛く、(角膜の下半分が切れている訳だから基本的に痛いのだ)どうしようもない。手術した日は白い幕がかかったようになってしまうのである。

 ロヘロになって、帰宅。テレビをつけるも、10秒見ただけで目が痛くなるので諦め、とりあえず寝ることにする。ちなみに、今日一日は顔を洗うことも許されない。目薬と目ヤニだらけの目の周りが気になるところだが、角膜を傷つけることを考えると、ここは我慢するしかない。

 時間程寝て、起きたらだいぶ痛みも収まり、視界もクリアになってきた。これから1ヶ月くらいは遠視に近い形になっているらしく、近くのものを見るときは、老眼鏡を使用しなくてはならない。手術をしたのにまたメガネ?という感じだが、これをしないと、再び目を悪くしてしまうらしいから頑張ってかける。
 お医者さん的には、今日は一日安静に…ということなんだけど、僕はどうしても今日、予定が入っていた。しかも、目を使うやつ。写真の、カラープリントのワークショップだ。

 っかいゴーグル付けて自転車で市内のとあるギャラリーへ。そこで老眼鏡をかけて暗室に入って色々と作業。当然のことながらピントとかはかなり見にくかった…。カラープリントは、もう2年くらいブランクがあるので、すっかり忘れていることも多く、もう一度習いたいと思っていたのだ。まぁ、何も手術の日にすることもないんだけどね。

 まぁ、そんな感じの一日は結構疲れました。そして、食事するにも移動するにも、本を読めないのが辛かった。退屈で退屈で…。テレビを見ることもできないし、ラジオも電波が弱い…そこで、最終的にはiPodに入っている落語を聞くことに。五代目古今亭志ん生の名調子を聴きながら、眠るのでした…。
(ちなみにこの日記は翌日書いてます。当日はパソコンなんて全く見れませんでした。。。)

24.Jan.Tue  【焼き肉鍋&目撃情報】
 のディレクターさんが来てるので、大阪のとある焼肉屋さんへ行く。ちなみに昨日はお好み焼き屋さん。しかも、この焼肉屋さんでは先日「新年会」もあり、既に今週2回目だ。ヤバイ…このままでは歯止めがかからなくなってしまう…。

 
ういえば、遂に新宿紀伊国屋で僕の写真集「ある日、」の目撃情報がありました!どうやら普通のお店でも置かれるようになったみたいです。既にアマゾンでも買えるようになってます。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4901477226/qid=1138138966/sr=1-1/ref=sr_1_0_1/503-9531952-4769559

 
っと「一冊在庫あり」になっているのが気にはなりますが…。
23.Jan.Mon  【堀江貴文容疑者】
 週末、ライブドアが家宅捜索を受けていた頃から「ライブドアショック」みたいなものが起きていて、東証は大混乱、取引きがストップしたり開始時間が遅くなったり。選挙で堀江氏を応援した武部氏が叩かれ、フジは契約を解消し…と、オセロゲームみたいにクルクルクル!…っと世間の評価もひっくり返っている。
 
リエモン問題について思うことは色々ありつつ、ちょっとまとまらないんだけど、「あまりにも手の平返し過ぎじゃない?」と思わなくもない。
 別に、決して武部氏の肩を持つ訳ではないのですが…、こんな事があったそうです。

 自民党執行部でのこと。加藤紘一元幹事長が武部氏に「カネで全てが片付くという考えの持ち主を応援したのはいかがなものか」。それに対して武部氏は「反省すべき点は反省する」と言いながらも、「カネカネとおっしゃるが、先生が一番政治とカネに苦労されたんじゃないでしょうか」と述べた…

 …まぁ、ドングリの背比べという気もしないでもないけど、確かに、加藤紘一も(秘書が)マンションの家賃を肩代わりさせた、とかで国会に参考人招致までされてるもんなぁ。

 
みんな、「お金」が大事なのは変わらない訳で、堀江貴文自身を否定することと「お金」を否定するのは違うんじゃない?と感じてます。勿論、粉飾決算や風説の流布は犯罪なので、有罪ならば償うしかないんでしょう。…しかし、スゴイ時代だなぁ、改めて。

22.Jan.Sun  【新作づくり】
 、写真を「撮る」よりも「まとめる」意欲の方が強くなってきている。まぁ、多くが言わば「撮りっぱなし」になっているので、こういう機会にちゃんとまとめておかないといけない。そんな訳で、最近はロシアのベスランで撮ってきた作品をまとめている。
 撮影枚数、およそ900枚。まずはこれを取捨選択して50枚前後にしなくてはならない。(それでも多いけど)いつも悩むのは、それをどうやってやるか、ということ。パソコン上のデータであっても、実際にプリントしてみないと並べたりできずl、イメージがわかないのだ。

 は大胆にも3万円をかけてヨドバシカメラで現像。これを無印良品で買った文庫版型のノートに貼付けるという方法に決定。とにかく、色々と並べながらネガと向き合い、「自分が撮ったもの」ときちんと対峙して写真集を作る。スコッチの「はってはがせるスティックのり」をおおいに活用しながら作って行く。 

 をちゃんとしていたのがいいのか、作り始めたら意外とすんなりと完成。思わず、表紙やタイトルページとか、キャプションまで付けてしまってもう写真集となっている。多少、作りはボロいけど、自分としては結構気に入っている。これをあと何日か見続けて、変えたいところを変えていけばいいものが出来るのではないかな?
(あ、でもタイトル変えるかも…)

21.Jan.Sat  【上を見る人】
 休みなので、夜に英会話の授業を入れていた。「ヤバ!遅刻!」と思って自転車をとばし、ギリギリで間にあいそうなその時、けたたましいサイレンが心斎橋に響き渡った。「!!」何やらコゲ臭さも感じる。
 急いで自転車を停め、人の集まっている方へ。どんどんやってくる消防車、どうやらビル火災のようである。まだ規制線も張られておらず、現場の近くまで行けそうだ。こんな時のために普段から持ち歩いているデジカムにバッテリーを装着し、いざ撮影!充電もたっぷりできてるもんね!

 …と、「ヘッドが汚れています。クリーニングして下さい」という冷徹な文字が!!

 災現場である。ヘッドクリーニングをしている悠長な時間もなければ、クリーニングカセットだってない。ここは気合いの巻き戻しでクリーニングだ!と、テープを巻き戻したり早送りしたりと、謎の動きを繰り返す。すると…何とか録画ボタンを押せるではないか!!

 撮影。しかし、どうやら煙は出ているものの、火災としては大きなものではないらしく、現場は次第に落ち着いていった。まぁ、場所が場所だけに人が大量に集まって大騒ぎになった、という事みたいだった。ケガ人もないみたいで、ヤレヤレとデジカムをしまう。

 かし、今回の事で思い知ったのは、「?やっぱりデジカムは常に持ち歩くべき?バッテリーやクリーニングはちゃんとチェックしておかないといけない」という2点。特に、?に不備があれば、折角邪魔なモノを持ち歩いている意味が無い。これはいい教訓になった。
 
れにしても、この瞬間でデジカム持っていなかったら後悔しただろうなぁ。持っててよかった。

17.Jan.Tue  【神戸にて】
 5時46分、神戸を見下ろす高台に、トランペットの音が響いた。阪神淡路大震災から丸11年。演奏が終わり、様々な思いを抱えて山上に集まった人が「あの日」に思いをはせる中、12回目の太陽が神戸の街を赤く染めだした。
 
、10周年を迎えたこともあり、一般世間の神戸に対する関心は低い。特に今日は「ライブドア強制捜査」「ヒューザー小嶋社長証人喚問」「宮崎勤に死刑判決」といった大きなニュースが相次いだため、どうしてもニュースとしての扱いは小さくなってしまったと思う。

 の朝、僕は普通にテレビを付け、そして横倒しになった高速道路の映像に衝撃を受けた。まるで戦場のような光景。次々と流れているニュースに戦慄を覚え、神戸出身の人の狼狽に成す術がなかった。
 
れから11年。三宮などの中心地を見れば、神戸は完全に復興した、と言ってもいいように見える。しかし、観光客の行かない長田の街に行ってみると、それが必ずしもそうでないことがわかる。
 あちこちで工事が行なわれているその街の至る所に目立つのは、空き地。ほとんど焼け野原になってしまったこの地区だが、建築物の再建などの保護が不十分で、未だに家を建て直すことのできない人がいる。そして、街を出て行った人も多い。

 とはほど遠く、未だに「震災」を引きずり続けている人がいる、ということを肌で感じた。
(今日も、写真は携帯です)

13.Jan.Fri   【風邪ひいた〜その2】
 出発で、ロケ。昨日、色んな薬を飲んだのだけれど、風邪の様子は一向に良くならない。特に、重要な「声」がガラガラ。今日は色々撮ったりしないといけないのに…。朝からトローチをなめまくり、その時に備えるが、あえなく出番を迎える。
 
、レポート、実況、記者会見と、常にガラガラ声の人になっていた。トホホ…。夕方、放送されたVTRを見ると、勿論ガラガラ声の人が画面の中にいた。うーん…プロ失格だわ。

 の後、夜10時からの英会話学校へ。「ノドがガラガラ」みたいなのって、「I'm a little horse.」と言うらしい。成る程〜!

 の合間、コンビニの駐車場にネコのコミュニティを発見。携帯電話で撮影。十分綺麗。

12.Jan.Thu   【風邪ひいた〜】
 、風邪気味だったのが、今日からは本当に風邪ひいたみたい。人にうつしちゃいけないので、マスクをして仕事をする。朝から神戸の北部へ。明日の準備など。
 
シアの写真が出来てきた。ヨドバシカメラは安いけど、もうちょっと現像にはこだわりたいところ。とりあえず、ベタ焼きではわからなかったディテールが撮れているようなので一安心。できたら、もう一度、プロラボで焼き直したいところ。35mmも大きく焼いてみようっと。

 
、もう一度神戸北部へ。片道1時間くらいなんだけど、咳をしないようにするのがしんどい。会社に戻ったら12時すぎていた。うーん、体調管理が難しいなぁ。
 
すると、森山大道さんからハガキが届いていた。「やった!」と思って喜んで読んでいると、こないだ送ったはずのDVDが届いていなかったらしい。よくみると、ウチにまだあった…。しまった。
でもでも、写真集に関して「新しいフォトドキュメンタリーの可能性を見た思い」とまで書いて頂いて、最高の思い。
 
真道にますます精進したいと思います!

p.s.琴欧州が良くないなぁ…。もうちょっと頑張ってくれないと見てらんない!普天王もなぁ…。朝青龍の8連覇に期待するしかないか…。(こうなったら70連勝か10連覇くらいはやって欲しい)
11.Jan.Wed   【出たー…】
 はそのまま徹夜の勤務。そしてその間、サンフランシスコでは新しいMacが発表されていた!一気に更新されたHPにしばし夢中になる。今回からIntelが入ってしまうのだが、それによってスピードが途端に早くなるようだ。名前まで、Power BookからMac Power Proに変わってしまった。きっと、コレにしたら色んな事がサクサクできるんだろうなぁ…と思う。
 
もまぁ、Macの新製品は欠陥がつきものだし、半年も経てば、アッという間にマイナーチェンジするだろうから、今回は見送ろう。そもそも、ソフトがまともに対応していない訳だからね。webでも、実生活でも、しばらくはアップルストアに近づかない方が良さそうだ…。買わないったら買わないぞ!と、ここで誓っておきます…。
10.Jan.Tue   【英会話まで】
 でさえ忙しいと、よく言われるのだけれど、やりたいなぁ…と思った事は、とりあえずやっておきたい性分なのです。そんな訳で、英会話教室に行ってみたりした。
 「強引だけど何とかなる」という感じの自分の英語。まぁ、それなりに何とかなっちゃうからあまり進歩しないのだけれど、それにしたって大した事ないってこともよくわかっているつもり。そんな訳で、細かい所をきちんとしてみよう!という動機です。

 
科書とか、勉強のシステムとか全く調べずに行ったので、最初はちょっとマゴついたけど、やっぱりやってよかったな、って感じです。どこまで身に付くかわかりませんが、筋トレと共に、英語トレも、日常のローテーションに入ってくると思います、しばらくは。
09.Jan.Mon   【神戸】
 間的には、成人の日。相変わらず頭の悪い若者が各地で暴れていたようだ。このニュース、1年を通しても、最もムカつくニュースの一つ。いい年こいてよくやるよ、という感じ。
 
そんなダメな大人とは違って、実にハキハキと喋る子供たちと共に、今日は神戸でお仕事。物怖じしない、というのはすごい才能だなぁ…と感嘆する。この子たち、「仕事」してるんだもんなぁ…と、すっかり「オハヨウゴザイマス」「オツカレサマデシタ」が身に付いた子供たちを見て思う。
みんなお疲れさま!よく出来ました!
 
神戸まで来たので、帰りに1人、中華街へ。閉店間際の店で、黙々と食べる。閉店準備の店内には中国語が飛び交い、すっかり中国にいるような感じだった。その後、日本語が聞こえたときに「あっ日本語だ!」と驚いたほどでした。
08.Jan.Sun   【普通にDVD見たり】
 VTRの取材、編集が昨日終わってしまったので、今日は休みになった。普段だったら、写真にまつわる色んなことをしようと画策するんだけど、正月ボケというか、何となく写真に対する衝動も起こらないので、まったりとDVDなど見てすごす。「吠える犬はかまない」「子猫をお願い」という、どっちも韓国映画(どっちもペ・ドゥナ主演)。
 
直後は、何だこりゃ…って感じもしたけど、今になって思えば色々と面白い映画だった。(特に「犬」の方)何年か前の映画で、映画館で見逃してたんだけど、早く見ておけば良かったな、と思う。
 
、写真集の刊行にお世話になった人にお礼方々と写真集送付の作業を開始。森山大道さんに「帯文」を書いてもらったのでお礼を…と思ってすんごい悩む。結局、特製DVDを作成してお送りすることに。(そんな事してるから、お礼が遅くなるんだけど)まだまだ送らなくちゃいけない人が沢山いるなぁ…。
 
からキクチディレクター来阪。一応、大阪見物ということでNGKの前を見て、道頓堀のグリコの看板を見て、お好み焼きを食べる。無印良品で便座カバーを購入…ってどうでもいいか。帰宅して、更に「ブラザーフッド」を見る。イ・ウンジュ可愛いのに…可哀想。
05.Jan.Thu   【雪の京都】
 は、子役さんと一緒に京都でお仕事。。京都は寒く、青空なのにずーっと小雪が舞っている、という「お天気雪」。この不思議な天気は、しかしとてつもなく寒かった…。
 
、職業病というのでしょうか、不思議なもので、カメラが周りだすと、あんまり寒さとか、どうでもよくなるんですね。あれをどうしよう…これをこうしよう…なんて考えているうちに、雪が降ろうと風が吹こうと、関係なくなっちゃう。子供たちが「寒い…」とか「もう終わり?」とか言おうものなら、「そんなんじゃ『北の国から』には出られないよ!」とか「芸能界は厳しいのよ!」とか、泉ピン子ばりの恫喝をする始末。
 まぁ、そんな感じで2006年も映像を撮っていく訳ですね。
04.Jan.Wed  【仕事初め】
 しく、世間様と同じく仕事初め。これまでは、お正月くらいまで働いて、世間が仕事を始めるくらいにドッと休む、というパターンが多かった。(年越しでチベット行ったりシベリア行ったりイラク行ったり…)
 実は、昨日の夜、やんなきゃいけない書類を急遽思い出し、結局徹夜をし、更に新幹線の中でまでパソコンに向かう、という不健康な仕事初め。相当、疲れたなぁ。帰宅して、ベッドに辿り着くこともできずにソファにて撃沈…。
03.Jan.Tue  【初もうで】
 計画していた訳でもないが、完璧な初詣でになったのではないか、と思っている。実は、先日見た寅さんの影響で、浅草にお参りに行きたいな、と思っていたんだけど、混んでるだろうなぁ…と思っていた。

 
こで、通りかかった築地でまずは途中下車。まぁ、魚好きの僕としては聖地の一つである。で、そこには海の神様に感謝する神社がある訳です。パラパラとやってきた観光客やら地元の人らに混じってお祈り一発。年の初めが魚の神様とは縁起がいい。ちなみにこの神社には、「エビ塚」とか「玉子塚」とか「寿司塚」とか、色んなものを祀った塚があります。
 の澄んだ青空を仰ぎながら、続いては両国へ。勧進相撲発祥の地、回向院を訪ねる。江戸時代、現代の相撲の源流となる勧進相撲はこの回向院の境内で始まった。現在、建物は姿を変えて、当時を偲ぶことはできないが、昭和11年に寄進された「力塚」という塚があるのだ。
 そこには、今から69年前に活躍していた力士の名が今も刻まれている。横綱は玉錦、武蔵山、男女の川、大関に清水川、そして関脇に後の大横綱、双葉山がいる。それだけで感動の塚なのだ。
 …そういう訳で、初詣その2は、相撲の神様

 の後、友人の安子ちゃんの家で新年会があるので、愛宕へ。以前から一度行ってみたいと思っていた愛宕山山頂の愛宕神社を詣でる。西郷隆盛と勝海舟が江戸を見下ろしたという愛宕山。現在は森ビルのテリトリーになっていて、オシャレなエレベーターとか付いているのも、またよし。それでもどこか江戸の香りが残っているのが好き。ここは予想以上に人が並んでおり、結局、鳥居の手前から人ごみ越しに手を合わせておしまい。こうして3カ所に詣でるという、充実した初詣であった。
02.Jan.Mon 【お正月らしい】
 正月なので、横須賀の祖父の家などへ行く。元気な様子でよかった。
 今回の写真集には、祖父の写真も1枚入っているのだ。
「おう、こりゃ俺が写っとる」などと名古屋弁で語っていた。

 その近所の叔父さんの家では、同い年の従姉妹に男の子が生まれていて、一気に様子が変わっていた。何よりも、従姉妹がすっかりお母さんになっているのが不思議な感じ。赤ちゃんは本当にまん丸で、すごい元気のある子だった。

 赤ちゃんが1人いると、家の慌ただしさとか、雰囲気が全く違う。赤ちゃんパワーの凄さを思い知らされた。

 の後、お墓参り。昨年亡くなった父方の祖母の墓に行くのは初めて。墓参り経験が乏しいので、よくわからないが、線香を束にして火をつけたら、いつの間にか燃え上がっていた。消そうと手で風を送ると、ますますよく燃える。…幸い、石造りの線香入れの中なので類焼の可能性もなく、祖母も景気がいいのが好きだったので、バーニング線香のままにする。

 浜中華街で夕食食べた(←食べ放題は不評だった)後、母方の祖母を訪ねる。こちらの祖母はすこぶる元気。先日は個展会場にも来てくれた。祖母は昭和2年の生まれなので、その人生の年譜は昭和の年譜と重なる。つまり、14歳で太平洋戦争が始まり、18歳で終戦を迎えた訳で、戦前から戦後にかけての話はとても面白い。


 好きなのは、昭和20年10月の話。その時、疎開先の湯沢から東京に戻る夜行列車に乗っていた彼女は、顔を洗うため、水上駅のホームにいた。そして、そこで眼を見張る光景に出会う。そこには、生まれて初めて見る米兵がいたのである…。今まで敵だ敵だと教えられていた米兵が、水上なんていう奥地にまで入っていたことに大変衝撃を受けた、という話で、特にオチがある訳でもないんだけど、その様子を頭の中で再現してみると、実に面白い映像になる。
 祖母は3時間も喋ってクタクタになったと思うけど、またいつか、昔の話を聞きに行きたいと思う。
01.Jan.Sun 【あけましておめでとうございます】
 晦日を、ほとんど寝て過ごしてしまったので、「よし!今日は車で東京に行こう。初日の出を静岡あたりで見るとして、3時頃に出ようか…」なんて思って、ちょっと仮眠。起きたら午前9時…。
2006年は、こうしてダラッとスタートした。仕方ないので、家の近所をブラブラ。お正月の澄んだ空気と、物音のしない街並は実に清々しい。人の少ない都会の街、というのが僕にとってのお正月の風景である。
 、大阪を出たのはお昼の12時くらい。高速道路の入口に辿り着くのに手間取るも、乗ってしまえば一本道。あんまり車で飛ばしたくないので、後ろからアオられるとすぐに譲る軟弱なドライビングで一路、東へ。滋賀の辺りから名古屋にかけては、雪が積もっているなー…とか、道中色々観察しながら上京する。名古屋では、ドライブインで味噌カツ丼とか食べて、一応、地元グルメを堪能。

 
i Podをシャッフルにして、6時間のドライブは、瞬く間にすぎた。太陽さえ出ていれば、静岡で海とか富士山とかゆっくり見たかったが、結局、全ては闇に沈んでしまったので、別の機会に。午後7時すぎには東京に到着。実家でゆっくりとお雑煮を食べ、寅さんを見て、お正月となる。

 あけまして おめでとうございます、と。