2004/3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 2005/1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 2006/1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 2007/1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 2008/1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
26.Mar.Sun
【白鵬!】
 20前、朝日の中で湯気を上げながら柔軟運動をする男がいた。白鵬翔、20歳。静かに体を伸ばしていた彼は今日、満員御礼の大阪府立体育会館の中心にいた。既に13勝を挙げ、「大関昇進」は確実。初優勝の可能性も十分に秘めて迎えた今日だった。
Munkhbat Davaajargal
a.k.a
Hakuho
 の相撲は、本当に面白かった。白鵬ー魁皇の新旧大関対決、栃東ー朝青龍の来場所の横綱をかけた闘い。魁皇が自らの手で土俵生命を繋ぎ止め、栃東も執念で希望を来場所につなげる、という意外な展開。

 
場所を引っ張って来た白鵬、朝青龍は共に破れて「決定戦」に臨んだ。心を落ち着ける朝青龍と、どうみても心ここにあらず、という感じの白鵬。そして再び上がった決戦の舞台で白鵬は有終の美を飾ることができなかった…。
 
 
、これ位でいいのかもしれない。先場所の琴欧州じゃないけど、大関と同時に取材が殺到して本業に専念できない騒ぎになりかねない。優勝なんかしていたら、今頃大騒ぎだ。勿論、29日に協会の使者を迎えると同時にある程度の騒ぎにはなるだろうけど、彼は更に上を目指す力士。
大関になって、落ち着いて沢山優勝すればいいじゃない!

 場所は1横綱5大関…どうみてもバランス悪いなぁ…。

25.Mar.Sat
【PhatPhoto
の中の4文字】
 ロワナ君の水槽の水換え。しばらくぶりで、大分汚くなっていた。アロワナ君には大変に申し訳ない気持ち。これで元気を取り戻してくれればいいんだけど…。今日は天気もよかったので近所の散歩でも…なんて野望を抱いていたが、結局水槽掃除に終わる。(午後まで寝てたのが悪い,という説もある)

 PhatPhoto(ファットフォト)という雑誌がある。ここ数年のカメラ人気で出て来た写真雑誌のなかでは群を抜いて面白く、「本気で写真家になりたい若者の為の雑誌」という感じでいつも参考になるし、刺激にもなる。今の僕にとっては、他のどんな雑誌よりも「即買い」な存在となっている。

 買った臨時増刊号の特集は、「今、この写真家と仕事がしたい!」僕と同年代か、少し上、少し下の、これから出て来そうな写真家たちが多く取り上げられている。東京から大阪へ向かう新幹線、「上手いなぁ」とか「悔しいなぁ」と熟読。そんな中、各編集者やキュレイター、評論家に対して雑誌が行なったアンケートの結果が載っているページが6ページほどあった。「今、知られていなくても目を付けられている写真家は一杯いるんだなぁ…」と見て行くと…

 p61の小松整司さんのセレクションの9番目に「菱田雄介」の名が!「おー」と思って思わず席を立つ。気を取り直してもう一度見ても、やっぱり自分の名前だ。全く知らなかった分、すんごく嬉しい。とにかく、この6ページの中に4文字だけでも名前が入ったことが。

 
、僕の今の状態ではまだ小松さんと仕事をする域には達していない。でも、いつか仕事ができるようになりたいと、一つの明確な目標になっている。言葉だけではなく、このような形で背中を押してくれた人と、(結果として)本当に仕事ができるように、これからも撮り続けようと思った。

24.Mar.Fri
【東京】
 に休みで、東京。とりあえず、NIKONサロン事務局へ直行して個展のお話色々。「開催決定!」からあんまり動けていなかったので、不安が色々と溜まっていたのだ。早速、写真家名刺で挨拶して、スケジュールのことやら、パブリシティ用の写真選びやらを打ち合わせ。今までの反省もあるし、4月中にはなんとかプランをまとめよう!と固く誓ってこのページにも記すのでした!

 の後、プレイスMに行って写真家の瀬戸正人さんを訪ねる。写真集で使ったネガとかプリントを回収。写真展用のプリントがどっかに行ってしまって、あちこちひっくり返しても見つからない…。
困った!是非再利用したいんだけどなぁ…。
 
、瀬戸さんには、NIKONのトークイベントにゲストで来てもらうことにした。NIKONの人も「面白い」と言ってくれたので、一つ目玉にはなるかな、と。

 NIKONの直前にある上海のグループ展の話も進んでいる。色々楽しみ!

23.Mar.Thu
【2周年!】
 庫県某所にて仕事。短いニュースだけど、顔出しレポートなるものも放送してもらったらしい。深夜にループで放送されていたらしく、東京でも見られたそうな…。
 
、写真家名刺第二弾が完成!前は「PO-U」だったけど、今度は「写真家・菱田雄介」と偉そうに書いてある。写真集も出たし、雑誌にも載せてもらったし、もう名乗っちゃえ!という訳です。そんな大それたことは、2年前には考えもしませんでしたが…。

 !このホームページは本日をもって丸2周年になりました!キリ番とか全然チェックしてないからいつの間にかアクセスも1万をちょい超えていました。ヤレヤレです。
 ば、ホームページを作る事も写真を撮ることも、前々からやりたい事ではあったのです。何せ、このpo-u.comというドメインを取ったのは、2001年のことですから。それからずーっとウダウダと着手せず、写真に取組みだしたのが2003年、HPを立ち上げたのが2004年…。

 、その後の2年で写真を中心に僕の身の回り、というか生き方そのものが大きく決定づけられました。常に大好きな写真のことを考えながら生きているのは楽しいし、大きな本屋さんに行けば、有名写真家の写真集の隣りに自分の写真集が並んでいたりします。大体、「次の個展」のことに悩みながら、次に撮りたいものを探していたりします。

 こまでいけるのかわからないけれど、これからも、このホームページとともに、写真家・菱田雄介として成長していきたいと思います。

22.Mar.Wed
【出し続ける】
 当たり次第に写真展応募するキャンペーンなので、とにかく応募。しかし、ギリギリまで動けなかったので、どうにも満足できるものではない。きっと駄目だろう。こんな事してて意味はあるのだろうか??とも思う。

 うーん。

 でも、今まで向き合っていなかったネガとある程度向き合えたことは収穫かな。とにかく、ネガこそが、自分の写真力の固まりで、答えは常に、その中にしか無い訳で、それと徹底的に向き合うための作業。それが、「コンテスト何でも大作戦」の意義なのかもしれない。

21.Mar.Tue
【仕事】
 一日、テレビモニターと向き合う感じ。せっかく視力回復したのに、これで目を悪くしてちゃ仕方ないので、老眼鏡が手放せない。本当、不便。(でも寝る前と寝起きは劇的にラク)

 ういえば昨日、野球のWBCで王監督の日本チームが優勝した。イチローの愛国発言が面白くて結構注目。優勝はスゴイと思うけど、イチローと上原と松坂以外、誰一人として顔がわからない…。

20.Mar.Mon
【神戸】
 へ。昨年からずっと続けている取材の続き。僕のやってきた取材は、短い取材の積重ね、というパターンが多かったと思うのだけれど、何ヶ月かにわたって取材する、ということの重要性を最近よく思う。

 
、今日あったばかりで、こんな質問できないよな、というところに敢えて踏み込む間合いというか、そんなもの。それをどこまで画面で表現できるか、ということ。
18-19.Mar.
Sat-Sun
【相撲!】
 18は、8年前に担当していたバラエティ番組のパーティがあった。最近は事件やら事故やらテロやらの取材ばっかなので、吉本興行のタレントさんなどと久々に挨拶を交わせてありがたかった。もうすぐ仕事を初めて丸10年。色々な分野に携わって来たなぁ…としみじみ。

 の後、出社してお仕事が延々と…。夜中に片道1時間半もかかるところへ出動したりして、結構大変。そのまま翌日まで仕事して、眠くてフラフラになりながらも、僕には行くところがあった。そう、大阪府立体育会館である!!

○Hakuho
vs
●Chiyotaikai
 というのは便利なもので、自転車でビックカメラにも行ければ、大相撲の本場所にも行ける。いったん家でシャワー浴びて着替えても、十分に幕内の土俵に間にあうのだ。

 
方場所だからか、盛り上がっているのか、チケットはかなり売れていて、6400円のイス席Aが一番安かった。両国だと、2000円のを買って、空いてる枡席に潜り込んだりするんだけど、大阪は細かく仕切られているので難しそう。…というか、最近はちゃんとイスに座って、離れたところから観戦、という「大人の相撲ファン」になっているのだ。

 
お世話になった普天王は、今場所苦戦中なのだが、見事に勝利。注目の白鵬も栃東も勝ち、そして魁皇の勝利も目の当たりにした。朝青龍の勝利は当たり前としても、なかなか面白い取組の連続で、満足。眠さとの闘い…もなんのその、非常に充実した相撲観戦でありました。
15.Mar.Wed
【雪景色】
 の6時に出発して、今日は兵庫県北部の但馬まで取材に出かける。昨日までは大雪だったそうで、(大阪でも雪が降るくらいだったからね)あたり一面の雪景色。久しぶりの晴れ間が雪を溶かして、あちこちでドサッドサッという、雪の落ちる音が聞こえる。

 日もワンちゃんたちはとてもお利口さんで、人々に沢山の笑顔を与えていた。老人介護施設というところにちゃんと入ったのは初めての体験。乱反射する日差しの中で、賑やかに暮らす老人達の姿に色々と考えた。

Tajima,Hyogo.
14.Mar.Tue
【寒い!】
 ワイに行ったことなどをあざ笑うかのように雪がちらつく中、大阪近郊で取材を色々。「もう3月だし!」とコートを着て来なかったことを十分に後悔させる寒さであった。

 
愛い犬達に囲まれての取材。気がついたら小犬がスーツをガブガブ噛んでいた。こないだはオシッコひっかけられたし…明日の取材はスーツやめようっと。

 日も同僚と食事に行って、帰宅したら12時すぎ。3月はこういうパターンが増えて、なかなか自分の仕事ができなさそう。

13.Mar.Mon
【通常に】
 なのに余計疲れたハワイを経て、普通に出社。今週も色々とやることがあるので、やはり、今日の午後帰国する、という訳には行かなかったのだ。仕事終わりで、会社の先輩の誘いで寿司を食べに行く。
 
で終わればいいんだけど、一番辛かったのは、前々からいれていたトータルワークアウト。ただでさえキツいトレーニングなのに、これだけ疲れた体にむち打つのは一体何の苦行でしょうか?軽めに…というのにレッグプレスは普通に200kgくらい乗せられて、死ぬかと思いました。
11-12.Mar.
Sat-Sun
【さらなる苦難】
 7時に起きる。同室の人はさらに増えていて、何と1つのベッドで互い違いになってでっかい男が2人、寝ていた。まぁ多分、サーファーが宿がなくて無理矢理泊まったんだろうな、って感じ。そんな彼らに気を遣いながら荷作りしてチェックアウト。皮肉な事に、今日はハワイっぽく晴れ渡っていた。
 
かまえたタクシーに待ってもらってビーチをちょっとだけ散策。ハワイってこんな感じだよなぁ…と思いながら、集団でラジオ体操をしている人々を訝し気に見る人々を見る。しかし、のんびりもしていられない。今日のフライトは午前10時すぎ。…てことは、8時過ぎには空港にいなくてはいけないのだ。ワイキキに後ろ髪引かれながら、タイ人のドライバーの運転で、空港へ。
Waikiki.
Honolulu, Hawaii
 メラとパソコンとX線防護バッグに入ったフィルムを持った僕は、いつも手荷物チェックに時間がかかる。ハワイの空港って税関検査とかパスポールコントロールのゲートもよくわかんないままに過ぎていて、変な感じ。「最後まで金を使わせるぞ!」的な免税店を横目に見ながら8番ゲートへ。僕のチケットはe-Ticketと言って、メール経由できた番号だけで発券されるチケットだったこともあり、「あんたの席はまだ決まってないから後で来い」と言われて延々待たされる。

 方が無いのでゲートの近くでしばしゴロゴロして、2回目に行ってようやくチケットを貰える。しばらくすると周囲がザワザワ…。これは先日のパキスタンでも経験したようなザワザワだ。聞くとどうやら、飛行機の機体のチェックができてなくて遅延するらしい。とりあえず、10時は無理なので12時くらいにこの辺に来なさい、ということだった。

 、せっかく早起きしたのに…と思いつつ、空港内をブラブラ。幸いにもネットがつながるので、日記を書いたりしていたら、簡単に時間は過ぎた。で、12時くらいに先程の場所へ行くと、日本人たちが特に何事もなく、バラバラと待っている。「まぁ、12時頃というし…」と思って、ゲート付近に座っているうちにちょっと寝る。

Airport.
Honolulu, Hawaii
 覚めて13時。ザワザワとカウンターが動き出したので、「ようやく出発かぁ…」と思って案内板を見ると、「ノースウェスト関空行」と書いてある。ノースウェスト?あれ?僕の便はユナイテッドでは?と思ってよく見ると、僕が1時間いたのは11番カウンター。

 
てて8番カウンターに行ってみると、そこには誰もいなかった…。「!!」と思い、近くにいた人に聞いてみると、「よっくわかんねぇけど、ユナイテッドは欠航になったらしいよ」とのお話。色んな人に聞いても、「延期」とか「欠航」とかいう情報が出てくる。

 が無いので、セキュリティーチェックを逆走してユナイテッドのカウンターへ。途中、ノースウェストに一席泣きついている女性客がいて、いよいよ、事の重大さを知る。
カウンターで話をするや否や、「キャンセルではなく、この便は明日の午前8時に延期になりました。乗客の皆さんにはホテルをご用意してますので、移動をお願いします」…とのご回答。

 それは困る。

 の便に振り替えてもらいたいと行っても、「他の便は全て満席です。すぐにバスが出ますので急いで…!」と急かされる。僕も3歩ほど足が動いたのだが、しかしこのままホノルルに一日いると、出社するのが月曜日の午後になってしまう。確かに不可抗力だけど、まぁ、あんまり宜しいことではない。

 
「北海道でも九州でもいいから、とにかく今日中に日本に行く便に乗せて!」とお願いする。カウンターのお姉さんも仕方が無い、と思ったのか、別の会社に電話を始めた。内心、このまま全て駄目だったら、ハワイで本当にのんびりできるかも…なんて考えていると、どうやら名古屋便に空席があるらしい。電話をしながらお姉さんは、「下の階に預かり荷物があるので、急いで持って来て下さい!走って!」と指示。僕は言われた通りに到着フロアに行き、バゲッジクレームの事務所みたいなところに置き去りになったバックパックを回収して再び出発ロビーへ。

 
のままキャセイパシフィックのカウンターでチェックイン。荷物を持って走り回る様子を見た、さっきの日本人女性も慌ててやって来て、「私たちも乗せて!」と言って来た。何か、陥落前のサイゴンのようだ…。

Airport.
Honolulu, Hawaii
 して再び荷物検査を受け、既にボーディングの始まったキャセイパシフィックへ。ようやく手にした日本行きのチケットを握りしめながら、あぁ、今頃ワイキキにいられたら、日焼けもできたろうになぁ…と、自分の真面目さを後悔する。
 
「どうせまた飛ばないんじゃないの?」とか「どっかで引き返すのでは?」なんて意地悪な予感をかかえた飛行機は、気流の影響を受けてガタガタしながらもちゃんと飛び、日曜日の夕方、春まだ寒い名古屋へと降り立ったのでありました…。
 ントレア空港では、名古屋行きの時刻表と名古屋から新大阪までの路線図(Yahoo!路線図)を渡されただけで、あとは「自腹でよろしく!」な感じ。ユナイテッド航空というものに不信感というか、嫌ーな感じを抱く。いいけど。

 シメンでも食べたいなぁ、と元気な事を考えるが、名古屋駅でしんどくなって、そのまま新幹線に乗って新大阪へ。思えば、まだ名古屋で良かった。これが北海道とか九州だったら、そう簡単には辿り着けないもんねぇ。

 大阪からは、さすがにタクシーに乗る。で、途中で家のカギが無いことに気付く。うーん、どうやら水曜日に会社を出るときに忘れて来たらしい…。仕方ないので目的変更して会社へ。お土産を置きに来たフリして鍵を探す。

 
ッカーになかった時にはどうしようかと思ったが、カバンの中から見つかって事なきを得る。会社の人からは「スゴイ、顔が疲れているよ」と言われたが、確かにこの日記書いてみれば、疲れるはずだわ、と思う。夜10時頃、ようやく帰宅。

 明日から仕事。仕事の前に休みたい…。

10.Mar.Fri
【月刊●●】
 して目覚ましは6時半に鳴り響き、何とも真面目にレンタカーを借りに行く。今日は6人で移動するため、日本では運転したことのない大型車。運転する前はちょいと不安だったけど、やってみたらそうでもなかった。

 一方通行の多いワイキキの道に悩まされ、シェラトンに着いたら7時半くらい。ヤイヤイと言われつつ、朝のダイヤモンドヘッドにはすぐ着いた。今回のテーマは「月刊●●」。同僚の女性社員たちの、普段会社では見られない姿をカメラに納め、まとめて本(の形)にしよう、という目的があるのだ。

Diamond Head.
Honolulu, Hawaii
 は悪く、雨模様な上に風も強い。スカッとした感じの写真はまず難しいんだけど、それでも色々とアイデアもあって、ダイアモンドヘッド狭しと撮りまくる。立って座って起きて寝て…。朝っぱらからフィルム何本使うんだ?みたいな感じであった。
 
メージとしては一つ前のバージョンの資生堂「マキアージュ」のCM。曇り空だけど、女性達が活き活きとしている、みたいな感じ。でも、やってみてわかったけど、ポーズ付けるのって難しい!どうしてもワンパターンになっちゃうし。。。
Diamond Head.
Honolulu, Hawaii
 ながらこのホームページに「月刊●●」シリーズは載せられないので間に撮ったマジメカットだけなんですが、コレはコレでなかなかいい感じだったことを付け加えておきます!
 さて、ダイアモンドヘッドを後にした我々は、綺麗なビーチ!を求めて東の方向へと向かいました。途中、2名の女子が運転を替わったのですが、そのことを一生後悔するような事態になりかけたことも事実。異国の運転どころか国内運転歴も皆無だってことは、高速道路に入る前に言って欲しいものである。
H-1.
Honolulu, Hawaii
 して、オアフ島の東の方にあるビーチに到着。風が異常に強くて大変だったけど、水着姿の同僚の人達を撮りまくり大会。皆さん、カメラに慣れてくると色々と注文も出てくるようで、お抱えカメラマンというか、遠足に添乗しているカメラマンというか、そんな感じ?
 
で波しぶきをあげ、ヤシの木の下のブランコでたわむれ…そんなお約束カットを交えながら、この日のために用意したレフ版など使って次から次へシャッターを押す。もうちょっと天気が良かったら、ビックリする位にコテコテの写真が獲れただろうに…と、そこだけが悔やまれる。
Boots&KINO's.
Honolulu, Hawaii
 の後、パンケーキの美味しい近所のダイナーで昼食。ここは本当に美味しかった。メニューや、これからの買い物やらで盛り上がる女子達を、食事しながら激写。周りの人にはどんな集団に見えたのだろう?なかなか気が休まることが無い。
 
を終え、途中、景色の良いところで立ち止まったりしながらワイキキへと戻り、ようやくみんなをアラモアナショッピングセンターに叩き込んで僕は当初の目的だった「パールハーバー」へと向かう。「海外に遺された日本」というテーマには、やっぱり真珠湾は欠かせないだろう。

 かし、大渋滞。遅々として進まぬ車列に成す術もなく、到着したのは午後4時50分。5時までだという係員に、ちょっとでいいから!と言って中に入り、5分ほどで追い出される。沈んだ戦艦アリゾナへのボートは午後3時には終わってたので、どのみちほとんど見られなかったのだけれど…。
 
来たので、パールハーバー周辺を撮影。65年前、今のNYのグランドゼロのような場所だったこの場所。日本人としてはなかなか複雑な場所ではあるけれど、じっくりと向き合いたい場所でもある。10年ぶりに来たけど,果たせず残念。

Boots&KINO's.
Honolulu, Hawaii
 ールハーバーで5時を迎え、しかしそのままワイキキに急いで帰らなくてはならない。アラモアナで分かれた人々と、夕食のためにホテルで合流しなくてはならないのだ。夕暮れのハワイは、しかし曇っているためにほとんど撮影するものもなく、渋滞をくぐり抜けてレンタカー屋さんに返却。(その前に、スタンド探してガソリン入れる、というのも手間取ったんだけど)

 の後、夕食に長いこと待たされ、終了後は浜辺にて、レストランの照明を利用した撮影大会。これはローライフレックスで撮影した。レストランの客からもビーチを散歩する人からも「あっ撮影やってる!」という目で見られながら、あいつら誰だ?という視線も感じる。

 んな中、本日女優開眼した人たちがポーズをとっているのは、とても不思議な感じ。結局、ブローニーで10本ほど撮影し、午前0時頃までかかって長かった本日の撮影は終了した。帰りがけ、最近六本木にも進出したストーン何とかというアイス屋さんでイチゴアイスを食べる。美味。

 タクタに疲れてドミトリーに帰ると、すでに部屋は真っ暗でみんな寝ていた。それでも体ベトベトだったのでシャワーを浴びてベッドに潜り込む。しんどー。それでも朝7時に目覚ましをセットする…。

09.Mar.Thu
【島の一日】
 ワイに来たんだけど、朝からどんより雨模様。泊まったホテルは海沿いで、オーシャンビューではあるけれど、見えるのはどこまでも灰色の空…。まぁ、一年のうちのほとんどが雨、というヒロの街に来てるんだから致し方ない。バイキング形式の朝食を食べて、再び眠くなり、昼まで寝てしまった…。いつも、海外に出るまでは「仕事がたまる&どうせ飛行機で眠れる」ということで眠気を貯めてくるんだけど、今回はちょっと貯め過ぎたようだ。

 れでも、今日中にハワイ島からホノルルに移動しなくてはいけないし、しかも島の反対側のコナ経由にしてしまったので、今日はこの島を車で半周しなくてはならないのだ!自分で立てた計画ながら、面倒くさいことこの上ない…。でもまぁ、ハワイ島に来た目的でもある「撮影」に出かけよう。。。

Tree.
Hilo, Big island Hawaii

 えば、40年代とか50年代とかの映画に出てくるような街並…。木造のオシャレな作りの店が並んで、カウンターがあって…ヒロの街は、そんな時代を未だにそのまま受け継いでいる街だ。もう10年も前になるけど、学生の頃に一度ちらっと訪れたことがあって、その時に感じたノスタルジックな印象と、ヒロという名前の響き、日本人移民が築いた街の歴史、そんなものに惹かれ今回、再び訪れた。今回は、日本で失われてしまった「日本」、というのがこの街を撮るテーマだ。

 に人を撮りだすには、何となく心の準備がいる。旧市街を歩き回って地形を把握し、チョコチョコと撮りながらターゲットを探す。今回は街の「歴史」を把握しておきたかったので、歴史博物館と津波博物館もじっくりと観る。

 が減ったので、何となく気になる感じのダイナーへ。内装は完全に50sな感じ。壁に貼られたメニューも古めかしい感じですごくいい。そこを中国系のおばさんが店番をしていた。食事をしていると、店の主人が子供を2人連れて帰って来た。静かな店が一気に騒がしくなる。こうして、被写体は自分でやってくる。写真は偶然の出合いの結晶だ。

A diner.
Hilo, Big island Hawaii
 の店が出来たのは、1940年代の初め。内装もイスもほぼそのまま残っているんだそうだ。何年か前まで、90代の日本人女性が切り盛りしていたらしいだけど、リタイアして何代かオーナーが代わり、現在の中国系のオーナーで5代目なんだとか。

 
からやってきたというオーナーは、
「中国はとにかく人口が多いし競争が大変。
のんびりしたところで子供を育てたかった」
のだとか。確かに、ハワイの田舎というこの
環境は、適度に文化的で、さりとて騒がしくもなく、子育てには絶好の舞台かもしれない。

 この店に出合ったおかげで、ようやく「写真を撮る」モードになれた。
 の街には、会いたい人がいた。その名も「エベスガワシスターズ」。ガイドブックに小さく載っていた記事によると、大正生まれの日系2世の4人姉妹が街で花屋さんを経営しているというのだ。昼飯のダイナーのすぐ側にその店はあった。入って行くと、テキパキと作業するおばあさんがチャッチャッチャッと動き回っている。
 
ベスガワシスターズの写真を撮りたい、というと、「どーぞ、どーぞ撮って下さい。日本の人に知ってもらいたい」と、積極的に受け入れてもらえて感激。88歳のキヨコさんが、色々と丁寧に説明してくれた。
Ebesugawa sisters.
Hilo, Big island Hawaii
 ヨコさんは、一番右の人。隣りのキヌエさんは一緒に働いている人で、3番目のアンさん(83)は、エベスガワ姉妹の1人。左端のドロシーさんも日系で、みんな日本語を話す。

 
ベスガワシスターズは、ご両親が商売の仕事でハワイに渡って来た2世。明治の父母に育てられたシスターズの日本語は、未だ明治の影を残して、綺麗で、丁寧だ。ハワイ島という環境がタイムカプセルとなって、今、明治時代の人と会話をしているみたい。

 
争中は大変だったこと。お正月は今でも神社にお参りに行くこと。最近の子供たちはすぐに「外人」と結婚するけど、自分のときは許されなかったし、考えられもしなかったこと。日本には一度行ったけど、3週間も行ったので疲れたこと。行くなら2週間でいい、ということ…。

 
影終了後、「菱田さんさようなら」ときちんと名前を覚えて、言ってくれた。この礼儀も素晴らしいな、と思っていると、運転席にうずくまるようにして普通の乗用車を颯爽と運転して帰って行った。このじゃじゃ馬ぶりも、ハイカラさんを地でいっているな…と思う。
 かし、そんなこんなで早くも午後4時!飛行機は8時半!これから島を半周してコナまで行かないといけないのに!!流石にヤバいなぁ…と思いつつ車に乗り込んで北上。途中にある街も立ち寄りたいポイントが多数あったんだけど、全て泣く泣く断念。ワイメアの街で、マックシェイクを買って(日本でも最近シェイクにはまっている)あまりの甘さに驚いたりしながら、何とか8時前にはコナの空港に辿り着いた。
 
焼けが綺麗なはずのコナは、既に真っ暗。見たかった景色は、また、次の機会にしよう…。 そして飛行機は飛び立ち、あっさりとホノルル空港に舞い戻る。問題は2点。

1.今晩のホテルが決まってない
2.社員旅行なので、他の社員と合流しないといけない

 りあえず、1のホテルから探すことにする。実は、日本から着いたときに客引きみたいなのがいたから、あぁいうのに乗っかってもいいかなぁ…なんて思っていたんだけど、全然いない。夜9時の空港は、早くも閑散とし始めていて、ホテル案内カウンターらしきものも見当たらない。しかも雨模様。
 
ラフラと何十分か歩いて、ようやく観光案内カウンターに到達。ホテルを探していることを伝えると、横の看板コーナーを紹介される。そこには色んなホテルのサインボードがあって、傍らにある電話を使って無料で予約を出来るのだ。その中でも、ひたすら安いドミトリーのホステルがあったので、ココにしようと決めて電話。ワイキキにも歩いてスグの距離にも惹かれた。

 
「8人部屋で22.5ドルですよ!予約する?」とのことなので、あっさりと予約。空港から各ホテルまで送ってくれるバス(9ドル)に乗って、目指すはワイキキビーチホステル。運転手にその名を言ったらすんなりとOK。ヒルトンやシェラトンじゃなくても、結構知られているんだなぁ、と感心する。

 ロントでシーツと枕カバーを受け取って部屋へ。そこは二段ベッドが並ぶバックパッカー宿。同室のブルガリア人(ステファン)が寛いでテレビを見ていた。アメリカにちょっと住んでて、これからヨーロッパに帰るらしい。ブルガリア、というので早速琴欧州トークを少々。
 部屋には素敵なアメリカンキッチンも付いているので、昨日ウォルマートで買ったコンビーフとパンとハムで夕ご飯を作って食べる。いつも思うけど、アッという間にバックパッカーに戻れるその瞬間がとても嬉しい。

Church.
Hilo, Big island Hawaii
 番目にしなくてはいけないのは、明日、一緒に行動することになっている会社の同僚達を探すことだ。飛行機も別々だったので会ってないんだけど、恐らくはこのワイキキにいるはず。連絡用に持っておけ!と言われて、そのためだけに携帯電話も持っているんだけど、夜10時を過ぎても一向に鳴る気配すらない。向こうの番号は知らないし…

 は、会社での会話「私たちはモアナサーフライダーに泊まりまーす」と言っていた…と思われる記憶だけ。幸いにもシェラトンモアナサーフライダーは、このドミトリーから歩いて10分くらいのところにある。よく考えたら、自分が一番(社内的に)先輩なのに、何故こんな苦労を…と思いながら、再び外出。リゾート感満点のホテルをいざ訪問。

 館内案内みたいなところに電話したら、あっさりと後輩はそこにいた。思えばこの瞬間にいたるまで、ヒロの街をダッシュで飛び出し、ハワイ島を半周して飛行機に乗り、自分の宿を探し、ようやく辿りついた訳だが、そんな事は誰も知らない。

 
の予定と段取りを打ち合わせし、「明日はダイヤモンドヘッドに登りたいので7時15分にホテルに迎えに来て下さい。ついては、レンタカーを予約しておいたので、7時に取りに行くように」との言葉に、大人しくうなずくしかないのだ…。

 
イキキの浜辺をトボトボと歩き、辿り着いた我がドミトリー。部屋には更にロシア人の青年が加わっていた。シャワーを浴び、何だかんだと話して1時すぎにようやく就寝。まったくもって書くのも読むのも長い一日であった…。

08.Mar.Wed
【ハワイ島】
 後7時30分すぎ、飛行機は何とか飛び立ったらしい…。というのは、もうココまで来ると、飛行機が飛んでいるのか、地上にいるのか、よく分からない位に眠っているのだ。実際、海外に行くたびに、大概はその前が寝不足なので、「離陸の瞬間」起きていた試しがない。大体、席についてベルトを締め、気付くと機内食が配られる…という感じ。
 
の席だったこともあり、冬眠する動物と同じく、とりあえずひたすら寝る。ハワイまで8時間くらい、食事以外は完全に眠っていた。
 しかし、飛行機は容赦なくハワイに到着し、再び8日(金)が始まった。時刻は8時40分くらい。本当は、9時50分発の飛行機に乗るはずが、ユナイテッド機の遅れのせいで12時に変更されており、2時間ほど時間が空く。

 後1時すぎ、ハワイ島のヒロという街に到着。ヒロは激しい雨模様。全くハワイらしくない感じだった。ここへ来てようやくガイドブックを開き,ホテルを予約。レンタカーを借りてホテルへと移動する。ちなみに海外で車を運転したのはこれが初めてだったりする。右側通行に緊張しながらも、何とか無事に到着。

 …が、寝不足と移動の疲れからか、結局そのまま寝てしまう。夜8時頃起きてちょっとドライブするも、真っ暗な街並が広がるばかり。ウォルマートで食糧なぞを買い込んで夕食にする。雨、次第に激しくなりびしょ濡れになりながらの初日でした…。

07-08.Mar.
Tue-Wed
【朝稽古
&忙しかった】
 が結構忙しくて、大変だった。朝から旅支度をして会社に行って、何だかんだと出動したりして、夜になってもバタバタと体力を使い、ようやく落ち着いたのが午前1時頃。そこから翌日の構成台本をバリバリと書いて完成したのが5時頃。

 して6時に出発して、出羽海部屋の朝稽古へとむかった。実は10数年来の相撲ファンでありながら、朝稽古を見るのは初めて。ピリピリとした緊張感の中、力士達がぶつかり合う音と、荒々しい息づかいだけがひびく稽古場。朝の光が、背中から立ち上る湯気を白く浮かび上がらせる。
 
は今場所の大関獲りのかかった白鵬(モンゴル出身)と、韓国出身春日王が出稽古に来ていた。迎え撃つは、ブログ力士として有名な普天王(熊本県出身)!白い締め込みをつけた関取達の稽古はひたすらにレベルが高く、思わず見ている方がオッとかアッとか声を出してしまいそうになる。
 
稽古、素晴らしい。仕事以外でもいかなきゃ損だな…と思う。色んな部屋の朝稽古が見たい。

 の後、会社に戻ってバタバタと仕事をこなし、そのまま関西空港へ向かう。実はこれからハワイへ行くのだ。何だかんだで連続30時間以上、ほぼフル稼働で働き、出発2時間前にチェックイン。結局、出発は30分遅れるそうだけど、もうそんなのどうでもいいから早く機内で寝かせて!と思う。

06.Mar.Mon
【韓流たこ焼き】
 から来たラジオのDJをしている人と知り合う。初めての日本だという彼女、しかし本当は大阪ではなく、東京に、しかも渋谷に行きたくて仕方がないらしい。「渋谷は憧れなの!」という彼女は、大の「渋谷系」音楽好き。ピチカートとかモンドグロッソとか、大好きなんだそうである。
 特に大好きなのは椎名林檎(渋谷系かどうかは別として…)!だそうで、彼女の世界観に惹かれているらしい。椎名林檎が海外で育った訳でもないのに英語の曲やフランス語、ドイツ語の曲を歌い上げていること(『歌イ手冥利』より、ですよね)なども、すごい尊敬しているんだって。
 
の文化は、最近韓国でも解禁になったんだけど、やっぱりラジオでかけるときはそれなりに抵抗があるらしい。自分たちは良くても、上の世代とかがあんまりいい顔をしない…ということもあるらしい。確かに、今まで「禁止!」とされていた、ものを堂々と出すのにはそういう壁があるのかもしれない。成る程ねぇ、と思ったのでした。
03.Mar.Fri
【変な天気】
 のち雨のち雪のち晴れのち曇り…な天気。伊丹空港の側の土手にいると、一天俄にかき曇り…という感じでいきなり雪が降ってくる。まるで映画みたいな天気の変わり目。どっかで悪魔が出現しているのでは…という感じでした。
02.Mar.Thu
【部屋】
 ょっと掃除してみた。
大阪に来て、掃除機をかけたのは、多分3回目。床の隙間のワタボコリがガンガン吸い取れて気持ちいい感じ。

 と、5月の上海のグループ展に向けた準備色々。締め切りは今日中だったけど、結局、夜中までかかってしまった。いざ、選ぼうとなるとなかなか難しいんだよねぇ。特に、上海という初めての場所で見せることを考えると、考えがまとまるようで、まとまらない。本番まで、もう少しじっくり考えたいところ。

 
のフィルムスキャナを、中古屋に売却。5万円もしたのに、売値は800円!まぁ、捨てるよりはましか…。

01.Feb.Wed
【ちゃんこ
ダイニング若】
 は、念願の「ちゃんこダイニング若」へ行って来ました。つい最近まで、1ヶ月待ちは当たり前だったチャンコ鍋屋さん。恐らく、歴史上でも稀代の弱小横綱(三代目西ノ海には負けるか…)だった三代目若乃花だが、ビジネスは凄腕だった。
 何より、接客が良い。お鍋にちゃんと専属の係の人が付き、あれやこれやと世話を焼いてくれる。まぁ個室だったからかもしれないが、とてもいい感じではあった。

 ブームから10年。曙は「格闘家」としての期待をことごとく裏切って、情けないレスラーに成り果てた。貴乃花は,余計なことを喋って、自ら築いた伝説を己で打ち消した。そして、若乃花は実業家として大成功…。
 10年という月日は、力士の人生をここまで変えるのか、とちゃんこをつつきながら思う。若貴時代の相撲写真、今度こっそりアップしてみようと思う。