そして、個展プランの続き!のつもりが…眠すぎる…。こうして4月は終わってしまった…。
半年がかりの仕事が一段落した開放感で、今日は同僚と元上司と一緒に食事&カラオケ大会にしてしまいました。大会って言っても3人ですが、これ以上多いと歌いにくいので、コレでいいのです。結局3次会まで行って、帰宅が3時くらい。
写真の仕事が進んでいませんよ!
午前中に頭を集中させ、「エイヤッ」と編集の神様が降りてくるのを待って一気に大体の構成を考える。大体、最初に考えたときは「俺って天才」と思うのですが、穴だらけだったりするので、コレを叩き台にして色々と詰めて行きます。 今日は、これを神戸に持って行って打ち合わせたりもして、結局、深夜までずーっと編集しておりました。
確かに今日、各局が特番体制で尼崎を取り上げました。来年もそうなるでしょう。 結局のところ、風化させず、伝え続けることが大事なんだろうと、そこは確信していきたいと思っています。
そのうちの半分くらいが、「飼えなくなった」等の事情で飼い主が持ってくる「引き取り」。あんなにも不思議な力を持った犬なのに…と、別に犬好きでもなかったのに、深く考えさせられました。自分のVTRに。
夜は英会話。久々だったので、楽しかった。それにしても、風邪が全然治らない!
6月の個展のプランを作らないといけない。とりあえず、15分の1で会場の模型を作ってみた。
その後、向かった先は…クラブ!ヒップホップなクラブではなく、「新地のクラブ」である。酒も煙草も一切興味がない僕としては、これはかなり無理がある。大体、久しぶりに集まった者同士で話をするのに、初対面の知らないお姉さんが間に入られても困るのだ。
で、結局何をしていたか、というと、一軒目では、虐げられて水割り係をやらされていた中国人の女の子に中国語を教えてもらう勉強会。(マジで結構勉強になった)3次会のロシアンパブ(!)ではベラルーシ人のお姉さんにベラルーシ情勢を聞く勉強会に。
それだけ酒とかクラブとかは苦手だってことです!!!
僕はいっつもこの「神様」に助けられて、テレビを作っている。そんな神様が、今日も降りてくれた。(ウソ。編集マンの功績も大)とにかく、これで安心。
新幹線で爆睡!さぁ、家に帰ろう…とした午前0時。「あれ?ない!ない?ない!」ドコを探してもお財布が無い!あわてて駅長室に駆け込み、座席位置などを告げて、駅員さんと一緒にすっかり誰もいなくなったホームへ駆け上がる。今の所、届出はなく、車内清掃が終わった朝6時くらいにならないと正確なところはわからないらしい。
しかし、財布が無いと、現金はおろか、ATMで降ろすべきカードはないし、クレジットカードも無く、どうしようもない。最終手段として、家にある「写真集の売り上げ」から払うことにして、タクシーで2時頃帰宅。何だかなぁ…。
久々のタイ料理を新橋で…。
立川も桜満開。青空にピンクが映えていい感じ。取材内容は桜とは全く関係なく、一度始まってしまえば夜まで、という感じなので、昼間のうちにたっぷり桜を堪能しておいてよかったなぁ、と。来週はずっと雨らしいから、これが今年のラストチャンスかもしれない。 自宅から駅まで通って、また最寄り駅へ帰ってくる。思えばこうした経験も、ほぼ11年ぶりになる訳だ。懐かしー。
今日は2次会の仕切りをお手伝い。「久しぶり」とか「今、何してるの?」という挨拶もなしに、あれやって、これやって、チェキ撮って…となり、20年の時をアッサリと越えた連帯感で準備を整える。 旧姓だったり,あだ名だったり、懐かしい名前が飛び交う夕暮れ時。昔の名前の響きがとても良い。勿論、僕の名前はポーユー。改めて、良い名前だなぁ、と思う。
藤子不二雄の短編に、「劇画オバQ」というのがある。
Qちゃんが20年ぶりくらいに人間の世界にやってきて、大人になった正ちゃんを訪ねる。ゴジラにキザオによっちゃん、ハカセを交えての同窓会。昔話におおにに盛り上がり、「皆な変わってない」としみじみするけど、結局、みんなそれぞれに抱えた「生活」があって、夢だけ見て生きられなくなっている…。 最後、自分の子供が出来たと喜ぶ正ちゃんを見たQちゃん、「もう子供じゃないんだ」と、寂しくオバケの世界に帰って行く…、という話。
僕は中学校のときにこの作品に出会い、「年をとるというのはそういうことなのかな…」と漠然と思っていた。必死で追いかけていたものや、夢中になっていたものを、いつの間にか忘れてしまうのかな…と。 でも、久しぶりに会ったみんなは、面影どころか、そのままタイムマシンで20年前からやってきたみたいだった。今でも「昨日の『みなさんのおかげです』見た?」「忘れた、ビデオ貸して!」とか言い合ってそうな、そんな感じ。
帰り道、「多摩川」と名前を変えた「多摩川園」駅にに降り立った同級生6人。20年前の通学路を歩きながら、それぞれ、「じゃーね」「またね」と家に帰っていく。 あの頃、色んな思いを抱えて通った通学路。思えば、中学卒業以来、同級生の家を経由して歩いて帰るなんてことはなかった。 20年ぶりの帰り道。再びめぐってきた下校時刻。この人生で、こんな時間を過ごすことは、きっともう無いだろう。
あの頃通った店は看板を下ろし、ボロアパートはオシャレなマンションに生まれ変わっていた。だけども道はそのままで。何より仲間達がこうして確かに、しっかりと同じ時代を生きているということが、何より素晴らしい。
今回、再会できたことで、日々の大切さや花や夕日が綺麗なんだってことがよくわかりました。
桜の下にブルーシートを敷いて浮かれまくる人達、とてもニッポンな感じ。屋台で食べるトウモロコシ(500円!高!)は何であんなに美味しいんだろうか???
阪神大震災でさえ、まだ完全に片付いた訳ではないのだ。生活とか歴史とかいうものについて考える。
でもまぁ、10年である。バラエティ番組3年、情報番組6年、報道1年と、様々な現場を経験してきた。こういう区切りで、改めて「会社と自分」とか「仕事と自分」とか、考えてしまう。