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31.Jul.Thu
【カラジッチ逮捕】
スニア紛争ルビア人指導者・カラジッチが逮捕され、オランダの国際戦犯法廷に送られた。ヒゲもじゃで、髪を伸ばし、隠遁生活の学者というか、魔法学校の先生のような姿、ドラガン・ダビッチという偽名。13年間の逃亡生活では、自然療法の専門家としてHPも開設していたという。映画のような、小説のような、そんな事が本当にあるんだな、と驚く。

ニュースでは、ボスニアの虐殺風景が久しぶりに映し出されていた。駆り立てられる、ボスニア人の若い男たち。一列に寝かされた彼らは、セルビア人勢力によってカメラの前で射殺された。わずか15年前の出来事だ。

オグラードでは、逮捕に反発する暴動が起こり、4ヶ月前に歩いた街並みで、デモ隊と警官が激しいぶつかり合いをしていた。僕があの街を歩いたあの頃、カラジッチもあの街で生活していたんだなぁ、と思う。ユーゴ紛争は、まだ歴史の中の出来事ではない。

29.Jul.Tue
【ぐるりのこと等】
京で仕事色々。休みのたびに東京で仕事が入る今日このごろ。昔の仕事仲間に至るところで会うのが面白い。その後、何となく渋谷へ向かい、何となく映画館へ。シネマライズで「ぐるりのこと」。法廷画家の主人公と、妻のお話。面白い話ではあるんだけれど、映像も好きな感じなんだけど、何か気分的に楽しめなかったなぁ。

iPhoneまだ手に入らず…。機種があっても、「機種交換は駄目」とか「8GBのみ」とか言われてしまう。まぁ、もう少ししたら買えるようにもなるんだろうけど。

28.Jul.Mon
【無念…】
業関連の仕事が終わって明日は東京で仕事、ということになり、だったら最終で帰ろうと思って新大阪へ向かう。しかし、今日は関西はあちこちで大雨。雷ゴロゴロ、雨はザァザァ。大阪駅では、新大阪方面へ向かう電車が70分遅れとか、とんでもない事になっていた…。

中でタクシーに乗ろうかとも思ったけど、たった一駅だし、何とかなるだろ、という考えが甘かった。20時20分の新幹線に乗るのに、新大阪についたのは20時19分。ダッシュでホームに駆け込むも、新幹線の扉は、丁度閉まったところであった…。

イヤの乱れで終電を逃したのは僕だけではない。OL風の女の人や、サラリーマンなど、誰もが呆然とした顔で払い戻しをする…。僕なんか、大阪に部屋があるからいいけど、他の人は、あの汗まみれの服のまま、ホテルに泊まったりするんだろうなぁ…。大変。

、家に帰って締め切り間近の写真関係の文章をまとめる。何だかんだで4時までかかる。ほぼ2徹だぁ…。

27.Jul.Sun
【仕事!】
前中に大阪に戻って仕事。最後のまとめ段階。ここまでくると、先が見えているので結構楽しい。最近はミニコント(もしくは小芝居)の台本を書く作業が特に…。何だかんだで、夜中まで。
26.Jul.Sat
【仕事など】
本の農業問題について色々と考える一日。原油高は漁業と同じように、農業にも暗く深い影を落としている。僕たちは、「大変だ!」とは言えるけれども、それを「どうすることが正解か?」ということはきっとわからない。

ういう言い方はあまり好きではないけれど、やはり「今までのツケみたいなものが来ているのでは?」と思う。WTOドーハラウンドの行方も含めて、日本の農業が根底から消え去る位の危機がきているのではないだろうか…。

25.Jul.Fri
【沢木「1号線」】
木耕太郎「1号線を北上せよ」を読み終わる。「深夜特急」から30年くらいを経て、50代の「旅」を考えさせられる。本人も書いているように、20代の旅とは異なる心持ちで旅をしているのがよくわかる。

界を歩き回るのが好きな僕としては、沢木さんの旅のスタイルは、非常に共感を覚える。どこかに目的地があるとして、最初から調べて行けばいいものを、「偶然」という要素をあえて呼び込みつつ、旅を進めて行くのが沢木流。偶然こそが旅のスパイスなのだ。ただ沢木文学の困った点は、読んだ後、どうしても「旅に出た」くなること。とにかく、行きたい!!という気持ちを、抑えるのが大変そうだ…。

なんて日記を夜中に書いて、明日は東京で仕事。

24.Jul.Thu
【震度6強】
夜、岩手県で震度6強の地震。僕はくたびれて寝ていたのでまったく知らず、朝起きてビックリした。理不尽な通り魔と大地震と。毎月のように繰り返されている。最近、地震のメカニズムに関して妙に詳しくなっている。
22.Jul.Tue
【オリンピック】
京オリンピックまであとわずか。メダルの期待がかかるある選手に、仕事で会う。この方とは4年前にも会った事があるので、実に4年ぶり。以前と変わらぬ様子ではあるのだけれど…この間、この人は生活の全てを投げ打って競技に向き合い、地道な努力を重ねて来たのだな、と思う。

までは、「頑張って」なんて言うのは、追い込むようで申し訳ないかも…なんて思っていたが、実際に話を聞いてみると、経験に裏打ちされた言葉が返ってきて、心置きなく「頑張って下さい」と言うことができた。多くの人の一方的な「期待」を背負いながら勝負に挑むオリンピック選手。

界のライバル達も、今頃同じように周りに激励されまくっているんだろうな…。

21.Jul.Mon
【海の日】
の朝、大阪にむかう飛行機はガラガラ。今日は普通に大阪で仕事。早いところ、土日に沸いて来たイメージで写真を並べたいな、と思うのだけれど…。

※ドメインの管理会社から、ドメイン移行がうまいこといっているようなメールが入る。ややこしいが、もう少しでHPを復活させられそう。とりあえず、ギャラリー関係を充実させようと思ってます。

20.Jul.Sun
【昭和15年11月10日】
にある清川泰次記念ギャラリーで「大東京」展を観る。清川泰次は、抽象画と呼ばれる分野の画家で、2000年に亡くなっている人だけれど、若い頃は写真を趣味としていて、戦前の学生の目線から捉えた写真が、たびたび話題になっている。

回の写真展は、昭和15年11月10日、日本が「皇紀2600年」で沸きたった祝典の2日目の様子を撮影したもの。写真はこの日の午後3時、清川青年がアパートの片付けをした後で、日吉(清川は慶應の学生だった)から銀座に向かうところから始まる。
アパートを出てすぐに出くわした、鳴りものを鳴らしながら旗を振る一団。世紀の祝典に清川青年の心はいよいよ沸き立ち、銀座に向かう。
橋から銀座へむかって歩きながら、ライカはその記念すべき一日を刻んで行く。人ごみをかき分けながら服部時計店方面にゆっくりと歩く清川青年。途中、建物の2階から俯瞰を撮ったり、同じ場所を角度を変えて撮ったり。撮影者の生理が伝わって来る。見ている僕も、昭和15年の銀座の雑踏にいるかのような錯覚を覚える。
際、群衆を写した1枚の写真を見たとき、その中の1人が右の拳を耳のあたりに上げた瞬間で写っているのを、「携帯で話しながら歩いているのかな」と、フト思ってしまったくらいだ。

紀2600年。西暦でも、昭和でもないこの皇紀という年号を強調し、神武天皇以来の建国2600年を祝ったこの日、銀座の町を歩く人はどこから来て、どこへ行ったのか。清川青年とすれ違い、全く意図しない形で2008年にその姿をさらされることとなる人達は、このあとの人生をどう歩んだのだろうか。白黒の写真からは、平和だった11月10日の美しい夕日が銀座を染め上げる様が伝わってくる。

の日の最後、清川青年は服部時計店から晴海通りを有楽町側に進んだ場所で、「花電車」を撮る。花電車とは、電飾をほどこした電動の山車が道を練り歩く、昭和15年版エレクトリカルパレードのようなもの(?)である。明治時代くらいからお祭りとかお祝いとかに登場して、人々の喝采を浴びた花電車。この日、銀座に詰めかけた多くの人が待ちわびたのも、この花電車だった。

川青年のライカは、暗闇に浮かび上がった花電車を撮ろうと、必死になる。群衆の頭上に手を伸ばし、ノーファインダーでシャッターを切る。絞りも解放だろう。待ちかねた光の塊が残した光の軌跡と、その何とも言えないブレが、やがてくる戦争を思わせて、ただひたすらに哀しい。日本がアメリカに戦争を布告するのは、この日から1年1ヶ月後のことである。

という時代を、ここまで身近に感じることのできる写真を、僕は知らない。繰り返して言うが、本当に僕は、ライカを片手に銀座の街を歩いている感覚になったのだ。この記念館では、これまでも清川氏の写真を展示してきたし、今後も展示していくという。タイムマシンに乗るような気持ちで、またこの成城の小さな美術館分館を訪れたい。

19.Jul.Sat
【色々なものをみた】
で言ってしまえば、色々なものを見た一日でした。そんな刺激を、形にしたいと思いながら、とりあえずパソコンに向かっているのが今の状況。

ずは都写美(東京都写真美術館)の展示。当初の目的は『Visions of America第一部“星条旗”』。アメリカ写真を振り返る、みたいな企画の第一弾。ダゲレオタイプの写真がアメリカという社会に入り、時代をえぐりとっていく。「写真とは何か」。考えさせられる。

じく、都写美B1Fにて「世界報道写真展2008」。お客さんが多く、解説を読もうにも、なかなか順番がこないくらい。世界のあちこちで繰り返されている決定的瞬間の欠片の集中砲火。これも自分なりに色々と刺激をもらった。特に気になったのは以下の通り。

ティム・ヘザリントンの撮ったアフガンの米兵。フィリップ・デュドワのクルド女性兵。ジョン・ムーアの、ブット暗殺の瞬間。オリヴィエ・クルマンの、テレビを見つめる人々の姿。キャロライン・ドレイクのウクライナの小さな町の姿。ディヴィッド・リーチュワーガーの、マンボウの幼生と、メカジキの幼生。プレイトンのプーチンの肖像。ロレーナ・ロスの、スペインの性犯罪被害者の肖像と現場。

今、撮っている作品も、「こういう風にまとめたい」という参考にもなりました。やっぱり都写美はいい。11月には、ここに1枚の写真と、ポートフォリオを展示できる。

の後も色々と彷徨い、最後は今日から公開の『崖の上のポニョ』。主題歌もちゃんと覚えたし、かなりの期待で行く。
好きな場面、色々とあった。特に、「ポニョ、手ぇ、欲しい〜」、「ポニョ、足、欲しぃ〜」ともがくシーンとか。後半あっけないし、全体的にかなり子供向けに作られている感じはしたけれど、ポニョが可愛いし、まぁいいか。

りにTSUTAYAで鈴木理策さんのサクラと雪の海外版の写真集を見る。やっぱり、『熊野』すごいな、と思う。

18.Jul.Fri
【朝青龍】
じく仕事をして過ごす。木曜は遅くなったからそのまま会社に泊まり(仮眠室が結構快適)金曜の夕方までバタバタと…。

から朝青龍休場。相撲評論家の人と「モンゴル巡業を中止にされた腹いせもあるのでは?」と話す。2場所の出場停止から見事すぎるくらい見事に復帰した朝青龍。彼としては、名古屋で優勝して、そのままモンゴルに凱旋したかったのだと思う。それが、序盤の2敗。モンゴル巡業も中止が決定的となり、かなりストレスが溜まっていると思う。
この休場の間に、また一波乱ありそう。

日から「ポニョ」公開。テレビを付ければ「ポ〜ニョポ〜ニョ〜」と流れる日々。しかし、この歌を作り、あの女の子に歌わせたのは天才的だと思う。ポニョ、早く見たい。
16.Jul.Wed
【仕事など】
だけしてた一日。今週はけっこう苦しい感じ。頑張らねば…。夜中に帰宅して、バタバタと掃除。汗かいたけど、こういう時、扇風機だけだとしんどいな。

の中では、3月に撮った作品をどう並べるかがグルグル。とりあえずスキャニングか…。
ドメイン移行作業、順調にすすんで、上位の機関からメールきて、返した。

15.Jul.Tue
【エアコン】
世紀が「佳作」に終わったことも、とりあえず受け入れられるようになってきて、それでも満足はいかないので、他にも色々と手を伸ばそうと思ってます。それと共に、次回作(もう撮り終わっていて現像待ち)も、早い所まとめなくては…という感じ。

かし、今年の夏は忙しくなりそうなので、どこまでできるかな…。

れとは全く関係のない話ですが、我が家には「エアコン」と呼ばれるものがありません!
いや、別にエコを追求している訳でもなく、部屋に付いていれば喜んで使うんですが、4月に越して来たこの部屋には、元々、付いてないんですね。エアコン付けるための穴だけ開いてる状態。

社以来、12年で6回の引越をしてきた僕としては、またいつ引越すかわからないので、ここでエアコンを購入して、次の場所で捨てる、ということはしたくない訳です。

わりに、扇風機を購入。これがなかなかの優れもので、どこにでも簡単に持ち運べるので、台所→ソファ→ベッドと、どこでも快適に過ごせるのです。7月は何とか乗り切れそう。8月は忙しくてあんまり部屋にいないでしょう。9月も同じく…。ということで、夏は何とかなりそうです。問題は。さすがに、こうはいかないだろうしなぁ…、と、早くも心配になるのでした。

※日記としては、会社で仕事。全国一斉休漁など、漁業が深刻な状態にあることなどが今日の主なニュースでした。iPhoneは、明日8時から整理券をヨドバシで配るらしいが…。競争率高そう。
※HPドメインの移行に関するお願いを郵送で送る。あと3週間くらいはかかるらしい。。。

14.Jul.Mon
【写真新世紀】
真界に、新人の登竜門、と呼ばれる賞が2つある。1つはキャノンの「写真新世紀」もう1つはリクルートの「ひとつぼ展」
どちらもノンジャンルの公募展だ。

念なことに、僕は今年から「ひとつぼ」の年齢制限に引っかかってしまうので、今回の作品は必然的に「新世紀」に応募した。
何で賞に応募したのかを聞かれると困るけど、やはり自分の作品を、より多くの人達に見てもらうための「勢い」が欲しかったんだと思う。

して、例年通りであればこの前の土日が選考会だったはず。今週には結果発表があるんだろうなぁ…と思っていた。
思っているが故に、見知らぬ03ナンバーの着信に一喜一憂しないようにしよう!と心に決めていた。少なくとも、今日はズボンの裾上げをした伊勢丹のお店の人から電話がかかってくるはず。
見知らぬ電話は「伊勢丹」と思え!…そう思っていた。

※写真は、応募作品のものではありません… んな昼下がり。パソコンに向かって仕事をしていると、見知らぬ03ナンバーが!
「伊勢丹か!」そう思って電話をとる。

「えー、菱田さんの携帯でしょうか?」「はいそうです」

伊勢丹だけあって丁寧だ。早いこと、ズボンの裾上げ料金だけを教えて欲しい。

「えー、私、キャノンの文化なんとか部のなんとかかんとか………。写真新世紀の件でお電話を差し上げました」
「!!」

「えー、おとといときのうとですね、審査を行ないまして、その結果なんですが…」

とにかく結果だけを先に教えてほしい……。

「●●先生の選ということで…」
の瞬間、僕は「優秀賞」が頭をよぎった。優秀賞なら、グランプリ審査に残れる。しかし佳作だったら、そこでおしまいだ。
どうせなら、優秀賞以上を獲りたいと、思っていた。だから、●●先生の選を先に言われたことで、「優秀賞だ!」と思ってしまったのだ。

「佳作の1番でした…」

に1番も2番もあるのかはわからないけれど、とにかく、佳作だった…。

「あの…受賞おめでとうございます……」
「…あ、ありがとうございます…」

秀賞を意識してやってきただけに、せっかくの賞なのにかなりガッカリしていた。受賞後の段取りの話などをメモりながら、佳作という文字を眺めていた。佳作…。

真新世紀は、年々競争率が高まっている。5人の佳作を選ぶ。単純に言えば、1700分の6人が優秀賞、30人が佳作、となる訳だ。

率から言うと、受賞したことは本当にすごい気もする。
今をときめく梅佳代だって、本城直季だって、新世紀は佳作だったしねぇ。

話のあと数時間は、なんか、気が抜けた感じがしてボーッとしてしまったけれど、決まってしまったものは仕方ない。
この佳作をバネにしてこの作品「Kunasir」をどんどん売り込もうっと!

(伊勢丹の電話は夕方。お直し価格は2500円でした)

13.Jul.Sun
【DVD色々】
iPhoneも買えなかったので、色々とDVDを見て過ごす。それはそれで充実。

1.プロフェッショナル〜浦沢直樹〜
前々から見たいと思っていたNHK番組の浦沢特集。浦沢直樹というよりも、それを取材できているNHKのディレクターが凄いなぁ、と思う。編集、かなり良かったと思う。ケンヂやノース2号の表情の裏側の苦しみが、クオリティの原動力なんですね。

2.秒速5センチメートル
これは、見る人から見れば、単なる「オタク」ものでしかないと思う。ただ、映像作家としての新海誠の評判はよく耳にしていたし、「桜の花びらが地上に落ちるスピードは秒速5センチメートル」というタイトルもセンスが良く、思い切って借りた。
そして、内容は素晴らしかったと思う。「距離」と「時間」というどうしようもないものを描いた作品。かなり切ない。この人の作品は、他のものも見てみようと思う。

3.ドラえもん・のび太の魔界大冒険
ドラえもんシリーズで、密かに最高傑作だと思っている魔界大冒険。相変わらず、筋立てがよくできている。飽きさせない展開。ことしリメイクされたやつは、どんなものなんだろう?怖いもの見たさで見たい気はする…。その後、勢いで「僕の生まれた日」「45年後…」「さようならドラえもん」と、感動大作を続けてみる。実際、かなり感動した。

一方ドメイン「po-u.com」の移行手続きに四苦八苦。こうして書いている文章が公開できるのはいつの日か…。

12.Jul.Sat
【iPhone】
から病院で首のタンコブのエコー検査。ヌルヌルしたものをベトベト塗られて何やら機械を押し付けられる。結果を聞きに行けるのは、かなり遅くなりそう…。

ういえば、昨日はiPhone発売日。最初は「いらないかな」と思っていた僕だが、「Mobile Me」の機能や、写真の持ち運びや、格好良さなどもあって、「心の底から欲しい!」と思うようになってしまった。ネットで見てみると、岐阜や静岡の田舎の方で、「普通に買えました」的な書き込みがあるものの、大都市圏ではかなり無さそう。(16Gの方がね)

iPhone

ころで、iPhoneを普通の携帯と勘違いして、「ワンセグが使えない」「オサイフケータイができない」等と指摘する番組が多かったけど、それは大いに間違いだと思う。ケータイ電話ということで、従来のケータイとの比較しかできないんだろうけど、iPhoneのスゴさは、そういうケータイの延長線上の機能とは全く違う。いらない機能は、むしろ「電話」機能だとすら言える。今までのケータイの概念とは、全く次元を異にした話なのだ。

んだけiPhoneを讃えてみたところで、当分、僕の元には来ないのだろうが…。

11.Jul.Fri
【横綱論】
週は、水曜日からずっと「相撲漬け」の日々。何故なら、今日放送の仕事で「名古屋場所直前、琴欧州に捧ぐ、横綱とは何か?」という特集を作ったから。
送は無事に今日、終わったわけですが、趣味と実益を兼ねた特集ができて大変楽しいものでした。特に、相撲実況の第一人者の方や、相撲通ナンバーワンの方のインタビューは、「こんなマニアックな話でいいんだろうか…」と心配になるような内容に!
、放送では、相撲にあまり興味がない人でも、楽しめるようなものになった…と思うのですが…?特に、双葉山と「木鶏(もっけい)」の精神のくだりは、横綱を語る上で避けられない重要なエピソードなので、入れられてよかったなぁ、と思うのです。

ういう訳で、明後日から名古屋場所ですが、琴欧州、前半戦で早くも「綱取り」後退…というのが簡単な予想です。(そうならないといいけど)

なみに、上の写真は、京都のとある料理屋さんに掲げられた横綱・常の花寛一の書。食事中、ふと、視線を上げるとそこに「常の花」の文字があり、感動して撮らせてもらいました。常の花は、昭和最初の横綱で、大正ロマンの影を引きずる大変、粋な横綱でした。眉目秀麗で女性に大変に人気があったと伝えられています。

出羽の海理事長として、協会の改革に取組み、その途上で失意の割腹(命は取り留めた)をした人でもあります…。こういうのが平気で飾ってあるから、京都は素晴らしい。

なみに、その2。原稿を書くため、双葉山について調べる中で、何と双葉山のお孫さんのブログを発見してしまった…。僕としては、大学時代から憧れ、部屋に手形まで貼っていた双葉山。なんとそのお孫さんは、僕と同い年!ビックリ!双葉山は僕が生まれる前に亡くなっているので、孫とは言え、会った事はないだろうけど…羨ましい。

新のブログの内容は、「花より男子2」を見に行った感想…。花沢類がどうとか…。いえ、いいんですが、双葉山をあまりに神格化していただけにちょっと…ショック強かったです…。

06.Jul.Sun
【船原というところ】
豆半島の真ん中あたりに、天城湯ヶ島町という町があり、いくつかの温泉が点在していて、その中の一つに、船原(ふなばら)温泉というのがある。天城越えの「浄連の滝」で有名な天城から、ちょっとばかし離れたところにあるそれは、かつてはそれなりに栄えた温泉だった。そして僕は小学校1、2年生くらいの頃、父の仕事の都合でその温泉地で夏を過ごした事があったのだ。

僕が相変わらず「魚好き」だったりすることのルーツは、絶対にこの船原だと思う。あの頃、僕は夏休みになるとこの町の団地の一室にホームステイし、同じ団地の自然児たちに混じって川遊び三昧の日々を送っていたのだ。

支配人を務めていたホテルの従業員宿舎となっている、小さな公団住宅。そこは、僕にとっての夏の住処であり、カブトムシ飼育基地であり、夏休みの象徴であった。僕らの頃にも既にデパートで売るもの、という感のあったカブトムシ。しかし、この山奥では、簡単に捕まえることができた。川にはヤマメ(アマゴ)、ニジマス。「釣りキチ三平」がアニメ化されていた時代、僕は疎開して来た子供のように、一生懸命、自然児たちに溶け込もうとしていた。

る日、誰かが「今日は流れ星が沢山見れる」と言った。僕らは夜、上級生たちと連れ立って、歩いて近くの採石場まで行った。今思えば、大して遅い時間でもなかったと思うけど、僕にとってはかなり遅い外出だった。

明るいものなど何もない田舎の採石場。しかし、僕はそこで流れ星を見た記憶はない。一緒に行った子供がいい加減に「今、動いた!」とか言うのを聞いて、何となく見えたような気になっていたような気がする。
り道、車とすれ違った後に誰かが「今の車の運転手、顔がなかった!」と言い、怖くてたまらなくなった記憶だけが、鮮明に残っている。

にあったホテルのプール。深さ3メートルもあったんだけど、僕はここで「潜水」をマスターした。誰に習うわけでもなく、耳抜きを覚えた。

んな思い出のつまった船原ホテルは、僕が小学校高学年の頃に火事になり、その後閉鎖されてしまった。その火事のニュースをテレビで見た記憶が残っている。ホテルや、当時住んでいた公団はそのまま廃墟となり、朽ち果てているのを、何となく知っていた。

かしなんと、そのホテルが、「日帰り温泉施設」として再スタートしていたのだ。また、公団の裏手にあった民宿(当時は知らなかったが)は、「秘湯の宿」として雑誌などで取り上げられているらしい。

5年ぶりくらいに訪れた船原。そこにあったのは、時が止まってしまったかのような公団の部屋。もう誰も住んでいない部屋には、昭和55年の新聞や、中森明菜「少女A」のポスターなどがそのまま残され、巨大なタイムカプセルのようになっていた。

ニューアルされたホテル。日帰り温泉として、風呂場は立派にリニューアルされているが、天井や建物の造り、雰囲気は当時の面影を残していた。そして、見えないところ、温泉と関係のない場所は、かつてのまま、時の流れの中で朽ちようとしている。僕としては、ホテルのリニューアルはいいが、できることならこの辺りの廃墟は廃墟のまま残して欲しい気持ちもある。

豆半島の真ん中にひっそりと残る、昭和50年代の残滓。またひっそりと、訪れてみたい。

05.Jul.Sat
【伊豆】
日は家族で伊豆へ。急遽、温泉へ行くことになったのだ。昼過ぎに東京を出て、西を目指す。途中、「お腹がすいたなぁ〜」と思った真鶴で、子供の頃によく連れて行ってもらった海鮮料理屋さんがあるのを思い出し、携帯ネットで検索。同名のお店を見事に発見し、お刺身をてんこ盛り食べる。

れにしても、子供の頃の記憶からすると、お店は海側にあったのだが、この店は陸側にある。もしや?と思って聞いてみると、「4年程前に建て替えたんですよ」とのこと。以前の店のスペースは、磯で遊びができるようになっていた。

してさらにズンズン南下。ハトヤとかシャボテン公園とかバナナワニ園とか、子供の頃の「夏休みの象徴」が次々に現れて楽しい。そういえば、もうすぐ夏休みの季節だなぁ。

日の目的地は下田にある古い歴史をもつ温泉宿。通されたお部屋は、130年程前に作られた部屋だそうで、まるで「千と千尋」に出て来るようなかわいらしい和室だ。
お風呂に行く狭い木造の廊下も、お風呂の雰囲気も、「湯屋」みたいな感じ。薄暗い木造の湯船にモクモクと湯気があがり、オレンジ色の電灯がほのかに灯る。
千人風呂と呼ばれるこのお風呂は長さ30メートルくらいある巨大なもの。雰囲気は最高なのでした。

04.Jul.Fri
【2,000円札】
事で2000円札を特集。現在までに8億8000万枚が刷られたこのお札。8年間でドンドン人々に嫌われ、今ではわずかに1億5000万枚が流通するのみ。8割のお札が日銀の金庫に眠っているのだ。あぁ…なんという無駄!

んな訳で番組では、「2000円札、みんなで使えば気まずくない!」と締めた訳です。そして残ったのが、コントのために両替した2000円札10枚。戻って来たお金を見て、そういえば、コレ、自分で使わないといけないんだよな…と気付いた。こうなったら開き直って、普及活動に努めるしかない!

での仕事を終え、最終の新幹線で東京へ。その後、久しぶりに自分の車に乗りました。

02.Jul.Wed
【仕事のみ!】
から夜まで仕事のみ…。人事異動があったりして、組織変更で大変なところ。まさか、と思っていた人が会社を辞めちゃったりとかもあり、色々と考えさせられる今日このごろです。

て、今までおよそ半年間放置していたホームページの大改革(とりあえずは、復活)を目指して、わずかな時間を見つけて作業するのにハマっています。現在午前2時過ぎですが、大体1時くらいに帰宅して、1〜2時間やるのが最近の日課になっている。

年間、なんとなく作って来た我がHPは、継ぎ足し継ぎ足しできているので、構造的にもゴチャゴチャしているので、こんなのを整理したりしている。締め切りのない作業なんで、のんびりとやろう。

ロバイダを変更して、ドメインの移行にも1ヶ月以上はかかるみたい。今後は、サーバーは,Macに統一して、なるべく無駄を除いていくつもり。一番やらなきゃいけないのは、ギャラリーの増設なんだけどね。理想の形はあるが、なかなか近づかない。。。

01.Jul.Tue
【値上げとか】
日から7月!と言ったところで良い事がある訳でもなく、朝からニュースは「値上げ」「値上げ」を繰り返す。きのうの放送では漁船用のA重油が狂ったように高騰していることを取り上げて、日本の漁業界の置かれた非常に危険な状況を説明したのだが、とにかく何でもかんでも恐ろしく値上がりしている。ガソリンなんて180円を突破である。

「この価格高騰はいつまで続くのでしょうか…」などというコメントが毎日流れるが、人々は心のどこかで、ガソリン1リットル120円とかの時代が、また来ると思っているのかもしれない。しかし、恐らくそんな時代はもう来ないと思う。
石油は化石燃料だし、いつか無くなることは誰もが知っている。そんなものが、いつまでも安定供給されると信じる方がおかしいのだ。

00円あれば家が建てられた時代がもう戻らないように、120円でガソリンが入れられた時代はもう戻らないのだろう。

★仕事とHPの検証作業の日々。無駄に維持されていたniftyの退会手続きと、ASAHIネットの退会手続きをする。独自ドメインpo-u.comを維持できるように色々と試みる。
やってもやっても終わらないHP作業。とりあえず、サイトを.Macに移動して、細々と作成。独自ドメインが移行できるまでは、仮のサーバーでひっそりやることにしようっと。