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| 31.Aug.Sun 【世の中の動き】 |
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| 25.Aug.Mon 【北京のアート】 |
帰国日。朝、北京でテレビをつけたら、オリンピック一辺倒だったCCTVで普通の番組をやっていて、「あぁ、終わったんだなぁ」と思う。(CCTVは9チャンネルくらいあって、オリンピックやっているチャンネルは勿論あるのだけれど)
中華航空の出発時間まで時間があったので、空港近くにある大山子芸術地区に行く。「798廠」と呼ばれるここは、かつては人民解放軍の工場が会った場所なんだけど、その無骨な跡地を利用してギャラリーが沢山作られている。「毛主席万歳!」というスローガンの下で、ヌードを含む様々な作品が展示されているのだ。上海にある「莫干山路50号」と同じような感じ。(規模はこっちの方が大きいけれど) 時間がなくて、じっくり…とはほど遠い状態だったけれど、中国アートの一旦を垣間みれて面白かった。日本では決して展示できないような作品が大胆に飾られているのに驚く。展示空間としても、「毛沢東時代に作られた兵器工場」というシチュエーションが独特の味わいを生んでいる。 写真展としては、消え行く三峡を舞台にした展示をやっていて、しっかりとした作品で面白かった。アートとしての「ベタさ」みたいなものが濃いような気もするけれど、これも中国風なのかな、とも思う。中国の写真家については全く不勉強なので、この人が有名なのかそうでないのかは、よくわからないのだけれど…。 夕方、空港へ。オリンピック閉会式翌日とあって、様々な国の人達が、それぞれの国のジャージを着ているのが目につく。こっちにオーストラリア、こっちにカナダ、カフェで騒ぎながらビールを飲んでいるのは、グルジアの選手団だ。笑顔でワイワイやっているけれど、国の家族は大丈夫だったんだろうか? 不幸はまだ続き、預けた荷物が出て来ない。他にも多くの人達の荷物が行方不明になっていて、どうやら「オリンピック終わりで混乱した」北京空港に残されている可能性が高い、とのこと。怒る人もいたけれど、北京側が悪いのだから、関西空港の人ではどうしようもない。 夜11時頃、ようやく大阪の会社へ。オリンピックは終わり、そしてまた新たな仕事が始まる…。 |
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| 24.Aug.Sun 【マラソン、閉会式】 |
17日間というのは、とても長いと思う。永遠に続くかのように思われたオリンピックも今日で閉幕。早朝から沿道へと向かう。ホテルを出ると、地面が濡れていた。昨日はかなり晴天だったけど…と思っていると、「明け方にすごい雷の音がした」という証言が。どうやらまた、“お天気ロケット”を撃ったらしい。その甲斐あってか、朝の天安門広場には雲間から光が射し込んでいた。雨がしょっぱかったかどうかは、確かめられず…。
男子マラソンでは、大崎選手が前日に欠場を表明。野口みずきも欠場、土佐礼子も戦える状態ではなく、棄権したわけで、日本のマラソン界はど〜なっているんだろうか?(せめて、補欠選手でもすることはできなかったのかな…) 35キロメートル地点、先頭集団が熾烈なトップ争いを繰り広げた後、待てど暮らせど現れない日本人選手。17番目に通過した緒方選手はよかったが、もう1人の佐藤選手はなかなかやって来ない。それでも待ったが、それでも来ない。 テレビでは決して見られない、マラソンの最下位争い。60位くらいまでの選手が行き過ぎたあと、関係車両とか、でっかいバスとかが通り過ぎて、その間を申し訳なさそうに一生懸命走って来る選手がちょこちょこといる。カンボジアとか、旧ソ連のどっかの国とか、そういうところの選手たち。彼らもそれぞれの国では実力ナンバーワンなんだろう。苦しそうな表情ながらも一生懸命走り、沿道からは拍手と声援が上がる。 往来を止められていた自転車や歩道橋に上がろうとする通行人たちが、スタート直前のマラソンランナーのごとく待機しているのだ。公安警察が規制線を解こうとするやいなや、みずからスタートラインを切って、ドドドッと、道に人々が溢れ出すのだった…。 昼、ちょっと時間があいたので、故宮北西にある湖の周辺を散策。このあたりは、昔の北京の面影を残し、胡同が沢山残っているというのだ。確かに、地下鉄の駅を降りた途端、その雰囲気は10年前に来たときの北京のまま。埃っぽい道路沿いに、小さな店が乱雑に並ぶ。そして一本、細い路地を入ると、小さな煉瓦造りの建物が奥へ奥へと続いていた。 夜8時、いよいよ閉会式。鳥の巣を通る度に横目で見ていた“聖火”もいよいよ消える。鳥の巣周辺からは市民をシャットアウトして、盛大な花火とともに閉会式スタート。少なくとも、僕の見た範囲では花火はきちんと上がっていました。(開会式の日も天安門で“足跡”の一部とされる花火は上がっていたけれど…) 鳥の巣の横にあるビル(パングープラザ)のでっかいモニターには、会場内の様子が映し出される。オリンピックの閉会式とはいえ、微笑を浮かべながら会場を見る江沢民や胡錦濤ら、中国共産党トップの面々の映像は、全人代のニュースを観ているかのようだ。 「もうこれでおしまいですよ!北京の皆さんお疲れさま〜!」と叫ぶかのような花火と共に、北京オリンピックは本当に終了。“中国”という国の優れた点も、そうでない点も、くっきりと浮かび上がらせたこのイベントを経て、この国はどのように変わって行くのか?(いかないのか?)う〜ん…結局、このままなのかなぁ、と思いつつ、北京の長い一日は終わりを迎えるのでした…。 |
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| 23.Aug.Sat 【アメリカ日本戦】 |
朝からゴカショウ野球場へ。北京オリンピックの超目玉だった“星野ジャパン”の最後の戦いが行なわれるのだ。日本からの応援団が日の丸片手に続々と会場入りしていた。日本から持って来たスポーツ雑誌には、「金メダルをかけて…」とか、「金メダルしかいらない!」みたいな力強い言葉が躍るけれど、実際に立ったのは、3位決定戦。
灼熱のスタジアム。どう考えても喉がかわくが、オリンピック観戦は、基本的に「飲み物持ち込み禁止」!入口の荷物検査で、一切の水分を取り上げられている。そんな状況だから飲み物売り場は長蛇の列。観客席で繰り広げられていたのは、“渇き”との戦いでもあった。 そして結果は、ボロ負けの4位。野球を普段から全く見ないので何とも言えないけれど、これが実力だったのでしょう。予選の結果からしても、本戦の結果からしても、やはり日本は4番目だったんだと思う。オリンピック前は、星野監督が“神格化”されたみたいな感じだったけど、それが結果に結びつかず…。まつり上げた側にも責任あるよなぁ…と思う。 GG佐藤という選手が野比のび太みたいなエラーをする姿を間近で見られたのは貴重な経験だった。この人は昨日も、のび太的エラーで涙を流した人。しかもそのエラーは、確実に相手の得点に繋がっていて、この人のトラウマたるや凄いんではないだろうか?(今、改めて「Number」のインタビュー読むと、「選ばれたのが信じられない」的なことが書いてあって更に悲しい…) まぁ、スポーツは結果なので、何を言っても仕方ない。それに乗っかろうとしていた目論みが外れても、何の文句も言えないのだ…(当たり前だけど)。結局、日本に圧勝したアメリカに圧勝していたキューバを、更に破って韓国が優勝。韓国凄い! |
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| 22.Aug.Fri 【アメリカキューバ戦】 |
午前中、テレビで星野ジャパンを観戦。韓国を相手に、最初は調子良かったものの…後半ボロ負け。金メダルは儚くも、“夢”に終わった。色んな事情はあるけれど、予選の結果を考えれば順当な勝敗ではある。明日は、残念ながら3位決定戦。これまた、順当にいったら4位になっちゃう。…そうなったら困るなぁ。
そんな不穏な空気を抱えながら、ゴカショウ野球場へ。もう1つの準決勝、キューバvsアメリカを見る。この野球場、テレビで見ると立派な造りに見えるんだけど、よくよく見てみると、鉄骨の櫓を組んだだけの観客席。「大丈夫か?」と不安になるくらいのスカスカな造りである。球場自体も1万2000人収容だから、決して大きくはない。“野球”という競技自体、中国では知名度も人気も無いのだ。 夕方の試合は、球場全体が美しい夕焼けに包まれる午後6時に始まる。涼しい風が吹き抜けて、照明をめがけて色んな虫が飛んで来る。行ったことないけど、アメリカの田舎の野球場みたいな感じ。しかしそこで行なわれているのは、オリンピックの準決勝。アメリカとキューバの代表の闘いである。観客席がワーっと沸き立つときは、客席にカマキリが飛んで来たときか、キューバ選手の特大ホームランが出たときだ。 夜、北京市内にあるウイグル料理の店で羊の串焼きを食べていると、店員さんが韓流ドラマを見ようとチャンネルを変え始める。オリンピックを見ていたお客さんが猛抗議。その間にちらりと見えた陸上競技、日本の選手が喜んでいる映像が、一瞬見えた! 慌てて、他のお客さんとワーワー言って、共同でオリンピックのチャンネルにしたものの、ほかの競技に切り替わってしまっててわからない。そうこうしているところにニュース速報が携帯に入り、リレー競技で日本が銅メダルを獲得したことを知る。すごい!星野ジャパンのニュースがどんどん霞んでいきそう…。 |
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| 21.Aug.Thu 【再びの北京】 |
寝過ごすといけないので、前の日から徹夜して、空港バスに乗って関西空港へ。このオリンピック2回目の北京。気軽に往復できてしまうので、こんな感じでスケジュールが組まれてしまうのだ。もちろん、飛行機の椅子に座った途端にパタンと眠り、気がついたら、周りの人は機内食を食べ終わっていた。
で、そのまま眠って、次に気付けばもうそこは北京。雨が降っていて、結構寒かった。気温は25度くらいみたい。半袖シャツに寒さが身にしみる。北京市内で人と会ったりオフィスになっている場所に行ったり…と、10日前のつづきみたいな感じ。 振っても叩いても突っついても、DVDは出てこない。仕方ないので、北京のアップルストアに駆け込む(意外と近所にあったので)。元々、バーが並ぶ街として有名な三里屯という地区に、再開発された“ヒルズ”っぽい場所があって、その一角にアップルストアもある。 夜は、ホッケーの試合に。ホッケーをまともに見るのも初めてなんだけど、ルールとしてはサッカーみたいなものみたい。対するは、ドイツとオランダで、勝負は追いつけ追い越せの互角のペース。なかなか決まらない中で、再び雨が降り出して大変。ビショビショになりながらの観戦となりました。 北京オリンピックの会場に入るのは初めて。これがすごい試合なのか、よくわからないのが世界のホッケーファンに申し訳ないが、これが世界最高峰の舞台なんだろうし、フィールドに立っている選手達も、母国に帰れば有名人だったりするのでしょう。(その後、ドイツが金メダルを獲得することになる)。客席には、ドイツ人、オランダ人が入り交じり、皆、良い感じで応援してた。オランダ応援団のオレンジ色が可愛い。 夕食は、日本に戻ってから、恋しくて仕方なかった「羊肉のしゃぶしゃぶ」。独特の風味がある羊肉を、濃厚なゴマだれ(パクチーがたっぷり入った)で食べる、北京名物の料理。日本に戻ったらまた、恋しくなるのでしょう。。。 |
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| 14.Aug.Thu 【オセチア問題】 |
戦争が起きている。それも、対テロ戦争と呼ばれる「欧米vsイスラム」の構図ではなく、新冷戦と呼ばれる、「欧米vsロシア」という構図で。ロシアがグルジアに侵攻し、1万人以上が死亡したと言われている。ロシアの言い分としては、グルジアに抑圧された「南オセチア」「アブハジア」の人々を守るためだという。
この問題は、2月のコソボ独立の時も言われていた話で、ロシアとしては、何でコソボだけ承認されて、アブハジアや南オセチアは独立できないのか…?という論理だった。いわば、コソボ独立の逆パターン。欧米が何を言おうと、ロシア的な理屈にはかなっていないのだ。 2年前、北オセチアに行った時に感じたのは、「オセチア人(オセット人)」というものがしっかりと存在している、ということ。北オセチアは、狭い国土ながらも独自の言語を話す人達がいて、その言葉は普通のロシア語とは大分、違う。(車の運転手さんに色々習った) ロシア軍に苦しめられるグルジア人もいれば、グルジア軍に苦しめられる南オセチア人もいる。事態はとても複雑で、21世紀はますます戦争の時代に近づいている。 |
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| 13.Aug.Wed 【Greeeen】 |
会社帰りにTSUTAYAへ。オリンピックの余韻で、ある選手がイイと言っていた「Greeeen」のアルバムを借りる。やっぱり「キセキ」は良い歌だと思う。最近作っていないけど、結婚式ビデオに合いそう…。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 12.Aug.Tue 【帰国。】 |
僕が来てからというものず〜っと曇天だった北京の空は、今日は晴れそうな感じ。超近代的なビル群を太陽が照らし出す朝の光景を横目に空港へ向かう。来たときは全日空だったけれど、帰りは中国東方航空。北京→大阪片道で5万円弱と、このご時世においては格安なのだ。
使うターミナルは、最新式の第3ではなくて、第2ターミナル。まぁ、それでもかなり綺麗になっている。チェックインして荷物検査を受けると、そこはもう搭乗口。「あれ?出国検査はないの?」と薄々思いながらもそこで待つ。 やれやれ、このまま帰国かぁ…と思いながら、ぬるいスプライトと低予算チックなサンドイッチをほおばっていると、「もうすぐ着陸だからパソコンをしまいなさい!」とスチュワーデスさんに怒られる。「えぇ?もう到着?」と思うなか、飛行機はドンドン高度を下げる。「緊急着陸?それにしては乗客も落ちついてるし…」 とりあえず、飛行機を降りると、「大阪行きはこちら」みたいな看板が出ていて一安心。どうやら、ここで乗り換えらしい。トランジットロビーには小さな土産物屋。低い天井に、ひたすら刺繍に精を出す服務員。10年前の北京空港の姿がここにあった! 30分ほどの休息のあとで、再び同じ飛行機に乗り込んで、今度こそ関空へ。夕方の関空の空は晴れ渡っていた。ちなみにこの飛行機の乗客のほとんどは中国人で、関空にあっても、機内は完全にチャイナであった…。 |
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| 11.Aug.Mon 【オリンピックエリア】 |
北京の街のちょっと北側にあるオリンピック村。高い鉄柵で囲まれたこの場所は、幾十ものセキュリティに守られ、様々な種類のパスがないと中に入って行くことはできない。 中に入るにはX線検査もしなければいけないし、ペットボトルの水は、飲んでみせないといけない。選手村とか競技場に入るには、さらに別のパスが必要になる。 そんな訳で、オリンピック村の中は、まるで軍事占領された街のように、あちこちに歩哨が立ち、目を光らせている。 我々がお世話になるのは、IBCという建物。 という訳で、今日はほぼ一日中、この施設の中で書類をまとめていたのでした。おかげで北島康介の金メダルの瞬間も(テレビで)見ることができたし、バドミントン、スエカマペアの奇跡の勝利も(テレビ)で見ることができた!…。 残念ながら、短い北京滞在は今日でおしまい。明日の朝は大阪に飛び立たなくてはならない。大体、慣れて来たところで帰国になっちゃうんだよなぁ…。 |
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| 10.Aug.Sun 【口に出して叫びたい 日本語】 |
13年前に中国を横断したときに感じたのは、お店とか切符売り場とかにいる店員さんの圧倒的な“愛想の無さ”だった。それはまさに他を寄せつけない圧倒ぶり。
棚に並んだノートを見たい、とお願いすると、超嫌そうに「これ?」と言いながらほっぽり投げてくるし、タクシー乗るにしても、必ずボッたくろうとしてくるし…。 今回、我々の仕事を手伝ってくれている22歳の北京育ちの女の子がいる。彼女が子供の頃よく通ったと言うヨーグルト屋さんに案内してくれた。天壇公園のすぐそばにあるその店は、観光旅行では絶対に来ることのないような小さなお店。 オバサン、苦虫をかみつぶしたような表情で突っ立ってる!我々の希望を聞いて注文したのは北京の女の子。彼女はかなり丁寧にお願いしたんだけれど、返ってくる言葉はどれも低い声でボソボソとしたもので、全く愛想がない。 |
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ていうか、今回の短い滞在の中で、こうしたことは一度や二度、もしくは五度や六度のことではない。本当に、至るところでこうしたやりとりが行なわれ、その度に22歳の彼女は、非常に嫌〜な思いをすることになるのだ。そう、街がいくら綺麗になっても、地下鉄が通ってもオリンピックを開催しても、中国人服務員の“圧倒的愛想の無さ”は健在だったのだ! よくみると、街角で痰を吐く人も、前ほどではないにしろきちんと存在しているし、相変わらず信号守らないで車道をフラフラ歩いている人はいるし…。何か、国民全体が最新式の街の中で迷子になっているようにも感じられる。 彼女によると、恐らくそのオバサンは、「出かける前にダンナとケンカしたか、子供の成績が悪かったか…」そんな個人的な不満を抱えているんだろう…ということだった。 |
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| 09.Aug.Sat 【三宅宏実】 |
朝4時半出発…。僕らはいいけど、迎えに来るドライバーさんとかは、本当に大変だと思う。早朝に色々と仕事をした後で、今大会最初の決勝種目である、ウェイトリフティングの会場へ。48キロ級代表の三宅宏実ちゃんを応援するためだ。 しかし、チケットが思うように手に入らず…会場を目の前にしながらも競技の結果を日本からの電話で知る羽目に。何だかなぁ。周囲にはダフ屋もおらず、「北京なのに、すごい変わりようだなぁ」と妙に感心。 宏実ちゃんは、8年前のシドニーオリンピックに感動して以来、北京オリンピックを目標に掲げて、女の子でありながらウェイトリフティングに取り組んで来た。父は銅メダル、伯父は金メダルを2つ獲っている伝説の兄弟。そのDNAを受け継ぐ彼女は、父の指導の下で力を伸ばす。8年間に及ぶストイックな努力。しかしその結末は、「6位」という結果だった。 「応援してくれたのにすみません…」と宏実ちゃんのお母さんは言っていた。確かに僕たちが連呼した「親子メダル」とか「北京五輪メダル第一号」にはなれなかったけれど、それでも宏実ちゃんの真摯な態度と懸命な努力と、可愛い笑顔は、本当に沢山の日本人の心に残ったと思う。本人はそんなことでは納得しないと思うけれど、僕らはこの8年の宏実ちゃんの姿から沢山のものをもらえたと思う。今はゆっくりと休んで欲しいなぁ。 |
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| オリンピックに絡んだテロは、新彊ウイグル自治区のカシュガルで起こって以来、北京では起こっていないけれど、今日はちょっとショッキングな出来事も。天安門からちょい北西に行ったところにある鼓楼という観光地で、アメリカ人観光客が刺殺されるという事件があったのだ。犯人は飛び降りて死亡。よくわからないが、「社会に不満を持っていた」ということが報道されている。
今回のオリンピックを1つの目標として中国が猛発展した、その裏にはきっと犠牲になった人達がいて、深い絶望と怒りを秘めていたりするんだろうなぁ。 |
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| 08.Aug.Fri 【戒厳令みたい】 |
8日も終わろうとする、北京時間23時52分、同じ街にありながらも結局はテレビで見るしかない(泣)オリンピック開会式を見ながらパソコンに向かう。今、ちょうど聖火のセレモニーで、CCTV的にはかなり盛り上がっている。残念ながら今、聖火持っているのが誰かはよくわからないのだけれど…。
あっ今、聖火もった人が飛び上がり、壁面を走りながらスポーツ名場面を映し出した…。聖火ついた!龍みたいについた。格好いい…。 |
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ホテルの外は、なにげに鳥の巣方面に向いていて、だらしない格好のオジさんやオバさんを始めとする人々が大勢集まっていた。花火大会の最後のフィーバーのように、次々と打ち上げられる花火。このタイミングだったのか……。 |
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さて、今日はどんな日だったのか。テロが予告され、警備体制を増強した上でのぞんだ今回の北京五輪。北京市民は、『鳥の巣』に近づこうにも周辺の道路は封鎖され、天安門に行こうにも、市民は武装警察と人民軍にホウキで掃かれるように追い出される。 |
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そんな中、我々のタクシーは、厳戒態勢のはずの天安門付近に迷い込んだ。いつもの賑わいとは正反対に、静まり返った天安門。まわりにいるのは公安の車両ばかり。なんでこんなところにタクシーが…。場違いも甚だしい。周りを見渡してみても、ほとんど人影はなく、いるのはロボットのような顔をした兵士達。正確に言うと、公安警察、武装警察、人民解放軍の3点セット。まさに、戒厳令下の北京という感じだった。緊張感たっぷり。 緊張と開放、色んな北京を見られた一日だった。 |
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| 07.Aug.Thu 【10年ぶりの北京】 |
関西空港から北京首都国際空港までは、3時間15分。飛行機は予定よりも20分ほど早く、薄曇りの北京に到着した。北京オリンピックという、一大国家事業の前日。開会式を晴れにするために、お天気ミサイルを発射するという中国だが、今の所、発射はされていない模様だ。 それにしても、時間がない。到着ゲートを出たところから、すぐに仕事を開始。バババッと撮ってから街へ向かった。 北京にちゃんと来るのは10年ぶり。95年にシルクロードに出る前と、96年にモンゴル行った時に来たけれど、その後はあんまり縁がなく、04年に満洲に行った帰りに一晩だけ泊まって以来だ。 |
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| …が、しかし。噂には聞いていたが、北京はこの数年の間にどエラく変わっていた!藤子不二雄のマンガに「21エモン」という作品があって、舞台となっている未来都市は、宇宙人が持っていた「3分間工法」というのでアッと言う間に出来上がったことになっているんだけど、まさにこの工法を実践したのではないか?と思えるほど。
立ち並ぶガラスりの21世紀スタイルの綺麗なビル。バスもタクシーも最新式。街行く人の格好も、なかなかモダンな感じだ。(たまに、お腹を出して歩いているオジサンもいるけど)
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天安門広場には、オリンピック開幕の8月8日8時8分までのカウントダウンが「あと1日と6時間と34分23秒…」みたいな感じで、いよいよ!という感じ。(13年前に来た時、この掲示板は、香港返還の瞬間をカウントダウンしていた) 街の中の行動とか取材とかに特に問題はないのだけれど、これがオリンピック絡みとなると全くそうはいかず、非常に煩雑で大変。結局、海外で仕事をするときはいつもそうなるのだけど、夜中にホテルに帰って翌日早朝に出発というパターンに…。 |
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| 06.Aug.Wed 【バタバタと…】 |
朝、仕事の仲間数人と、北朝鮮に行っている夢を見た。マンション群の一室にある、民間の塾のようなところにいる、という設定。窓の外には、北朝鮮の海岸線や、のんびりと寛ぐ人々の様子が見える…。北朝鮮という国の面白さと、北朝鮮にいることの緊迫感。 天秤にかけてもなお、僕は北朝鮮に行きたいなぁ、と思う。 何だかんだと始まりつつある北京オリンピック。実は明日からちょっとだけ、仕事で北京に行くのだけれど、一体現地で何ができるのか?いつも以上に実感がない。まぁ、それでも準備するのが仕事なので、色々と考えてはみるのだけれど…。 |
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| 03.Aug.Sun 【仕事日】 |
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| 02.Aug.Sat 【熱帯な東京】 |
東京でプールに浮かぶ。夏休みの子供たちとぶつかりそうになるのを何とかよけながらプッカリと浮かんでみる。夏の太陽がギラギラ。目を閉じると、ここが伊豆だか東京だかハワイだかよくわかんないくらいだ。いつの間にか東京はこんなに熱帯化したんだろうか…と考える2008年の夏でした。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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