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29.Nov.Fri
【写真新世紀展
グランプリ審査会】
真新世紀のグランプリ審査会があったので、昼から恵比寿の都写美へ。残念ながら佳作だったため、グランプリに選出される訳でもないのだが、優秀賞の人達がどんなことを思って作品を作ったのか、大変に興味があるところ。

査会に先立ってまず、ゲスト審査員の大森克己さんと野口里佳さんのトークショー。大森さんのぶっきらぼうで優しい感じの話や、encounterの貴重なスライドショーが観れて感動。野口さんは、5年前にパレットクラブで話を聞いたときの延長線にあるような話し方で、懐かしく面白かった。時代をリードする2人の写真家の話を聞いて、写真というのは「言葉」というよりも「思考」なのかなぁ、と思う。思考の試行錯誤というか…。

の後、ようやく公開審査会。6人の作家が、5分のプレゼンと10分の質疑応答を壇上で行う。写真を発表し、批判され、それに答えるというやりとりは、写真学校とかでは一般的なんだろうけど、僕が見たのは初めて。カチカチになりながら必死でプレゼンする優秀賞受賞者たちがとてもうらやましかった。
いわれるように、最近、新世紀出身者で活躍している人は、あまり多くない。何か、「一発屋」っぽい作風が多いと思う。かつて、この賞をきっかけに写真界へと出て行った、大森克己や野口里佳のように、今回の受賞者たちが10年後も残っているのかどうか?そんなことを考えながら、グランプリ選出を見ていた。

れにしても、キャノンの、「佳作受賞者」に対する扱いはどうかと思う。佳作受賞者は、大半が会場にいたにもかかわらず、代表者が表彰状と目録を受け取って、あとは「皆さんに拍手を!」と言われて拍手をもらっただけ。大体、入り口で写真撮られたけど、名前の確認もされず、いい加減だと思った。
賞パーティで、選出した審査員に紹介します、というのも適当な感じだったし、その後の2次会も、「優秀賞だけ」という形で、とても冷たい。

、キャノンの対応はともかく、その後、佳作受賞者だけで飲みにいった会はとても良かった。負け組の会…かもしれないけど、佳作から有名な「作家」になった人も多い訳で、てやんでぇ!という感じ。みなさん、この悔しさをきっかけに更に頑張りましょう…!
そうそう、同じ受賞者の中に、僕の写真集を買ってくださっていた方がいて有り難かったです。見る人は見てくれているんだ…と強く思いました。ありがとう!

09.Sep.Sun
【写真新世紀展】
から東京都写真美術館で始まった「写真新世紀2008展」へ。僕の作品「Kunasir」は、佳作のコーナーの一番手前に配置されていた。さすが、新世紀展だけあって、お客さんが多く、それぞれの作品の前には、ブック待ちの人もいるくらい。自分の作品はともかく、他の30人くらいの作品をじ〜っくりと見て回る。

本的に、僕の作品はドキュメンタリーである。まぁ、こうしたカテゴライズは無意味だとは思うのだけれど、“写真”というものの新しい可能性を追及するこの「写真新世紀」という賞には、あまり合っていないのかもしれない、とも思う。

ながら作ったポートフォリオ。他の人の「作品」を見ながら、これどうやって作るんだろう?とか思いながら、答え合わせのような感じだった。
写真を進化させていく、その道しるべのようなものがこの賞の意義だとは思うけれど、沢山の作品を見ながら、そうまでして「進化」する必要があるのか?とも思う。
いずれにせよ、僕もまた、王道的な表現でこの「進化」を追及していくのだ。

めて思うけれど、今回の「佳作」という賞は、非常に残念だった。それでもこの機会に、より多くの人にこのポートフォリオを見て頂けたら、幸いである。ここで足踏みしている訳にはいかない。この作品を、もっともっと進化させていかなくてはいけない、と思う。

08.Sep.Sat
【再びの福岡】
に引き続いて、今週も福岡へ。床寿さんのサイン会があるのだ。1959年に青森から東京に出て来た床寿さん。50年後、博多で自分のサイン会をするなんてこと、誰が想像できただろうか?

イン会に先立って、呼び出しさんの触れ太鼓、そして床寿さんらによる相撲甚句が披露された。迫力のある節回しが、商店街にこだまする。江戸時代から連綿と続く声のリレーの最先端。やはり改めて「相撲というのは単なるスポーツではない」と、しみじみと思う。
相撲甚句を一曲覚えたいな。

がけに長浜の市場のまわりにある屋台へ。先週、食べることのできなかった「本場」長浜ラーメン、ナンバーワン。屋台の雰囲気もいいし、スープもコクがあって美味しい。知らないで「レンゲ」頼んだら、ちょっとヤな顔される…。なんか、スープは麺と共に食べるもので、レンゲで飲むものではないらしい。「最近はいきなりレンゲを頼む人が多い…」と嘆かれた。知らないんだから仕方ないじゃんね。

ーメン食べて7時50分の飛行機に乗れば、9時半には東京。気がついたら広尾のあたりにいて、飛行機ってすごいなぁ…と、いつもながら思うのでした。

06.Sep.Thu
【床山・床寿さん】
よそ2ヶ月にわたって取り組んで来た、高砂部屋の床山・床寿さんのVTRを放送した。15歳で床山となった床寿さん。50年にわたって相撲界を支え続け、高見山、小錦、千代の富士、朝青龍らの大銀杏を担当した。

横綱・朝青龍は、ニッポンのお父さんとして慕っていて、全幅の信頼を置いている。そ朝青龍が昨日、再来日を果たす中でのオンエア。まさに、タイミングぴったりであった。
何かと批判ばかりが目立つ朝青龍だが、優勝22回の大横綱であることは、間違いない。
実際に話してみると真面目だし、義理人情をわきまえているし、何よりも圧倒的に強い。

寿に大銀杏を頼みたいのに言い出せなかったのは、怖かったからというのもある…という話には笑ってしまった。朝青龍にも怖いものってあるんだ…。
その、床寿も、今場所限りで引退する。「優勝してオープンカーに乗せる」という約束は、幻に終わった。相撲界が混迷を極める中、一人の名人が現役を去ることが、残念でならない。

05.Sep.Wed
【CHANGE!】
の時代が終わり、そしてまた新しい時代が始まる。アメリカ大統領選挙で民主党のバラク・オバマが当選し、次期大統領となった。アメリカ史上初の黒人大統領。(ハーフだけど)
今までドラマの中にしかなかった黒人大統領が遂に登場する。

ずか50年前には、人種差別が根強く残り、バスに白人専用の椅子があったアメリカ。公民権運動を通じて黒人の権利は平等に近づき、遂に大統領を誕生させるに至った。
僕は、その「勝利宣言」の放送に若干ながら携わることができ、(大した仕事もしていないのだけれど)歴史的瞬間に立ち会えたようでちょっと嬉しい。

待が高いだけに、バラク・オバマに課せられた課題は大きい。ゴアではなく、ブッシュを選んだアメリカが、現代の衰退を生んだように、マケインでなく、オバマを選んだアメリカは、これから何を手にするんだろうか?

ラク撤退、金融再生など、世界の中心に立つことになるこの47歳のオバマ。JFKのように、暗殺だけはされないように…。その可能性があるだけに、怖い。

04.Sep.Tue
【TKとその時代】
々から噂にはなっていた。そうなるだろうことは、わかっていた。しかし、実際にその映像を目の当たりにすると、本当に1つの時代の終わりを感じて、悲しい思いになる。
小室哲哉の逮捕。一生困らないだけの金を稼ぎながら、気づけば借金生活になり、挙げ句に自分の作品を利用した詐欺で逮捕。最初は、何と言うか、不可抗力での逮捕かと思っていたのだけれど、知れば知るほど、「本気で詐欺をしようとしていた」としか思えない。

んなことを言うと年をとったみたいで嫌だけど、小室哲哉の音楽は、間違えなく僕の世代の青春時代の音楽だった。中学時代に渡辺美里のMy Revolutionを聞き、高校時代にTMネットワークが出て来て、大学時代から新入社員時代はfeaturigTKまっさかり。当時カラオケによく行っていたから、有名なのはほとんどの曲を歌えたりする(恥ずかしながら…)。

盛期の小室哲哉の音楽は、時代の半歩先をうまく捉えて、歌詞もそれなりに思わせぶりで、ナンダカンダ言っても良かったのだと思う。globeのコンサートに行ったのも切なく懐かしい思い出だ。

、それが明らかに時代遅れになってきたのも確かで、小室サウンドが政府公認みたくなって、2000年沖縄サミットのテーマ曲とかになっちゃった頃から、退屈な歌になってしまった。華原朋美の最後の頃の曲なんて悲惨なモノだったし、globeにYOSHIKI加入とかも訳わかんなかったし、今となっては完全に過去の人になってた。

室哲哉の凋落をみると、杜子春の話を思い出す。小学校で昔習った、杜子春。金持ちになると、沢山の人が寄って来て、みんなでその恩恵に預かろうとする。それに踊らされて金を使い果たし、気がつくと金も人も自分から離れていた、という杜子春。

と欲望のバランスが、全く釣り合わなかったのだろう。任意同行されたとき、TKが着ていたTシャツは、ユニクロのUTシリーズより、「量産型ズゴック」のイラストTシャツ、980円の品物だった。あれは、TK自身が買いに行ったのだろうか…?

なことに、今、テレビでは小室サウンドがかかりまくっている。この“逆小室ブーム”で、少しでも彼の元に印税が入ってくれればいいと思う。それにしても、久々に“小室しばり”カラオケをやりたくなった。今回の逮捕で、カラオケ店における小室人気は、確実にアップしているのではないだろうか?

02.Sep.Sun
【編集など】
ヶ月にわたって追ってきた取材をまとめる作業。これが一番難しい…。ポストイットを張りながらあーでもない、こーでもない、と流れを考える。かなり高度なパズルをやっている感じ。こういう作業は、日曜日に限る。人気の無い会社で集中して構成を立てて編集室へ。

から初めてひたすらつないで…完成したのは、翌朝6時半。もちろん、月曜日には他の仕事があるのです…。

01.Sep.Sat
【ちゃんこの味】
岡場所まであと1週間とせまった高砂部屋九州宿舎。朝から若い力士たちが激しくぶつかり合う音が響いていた。序の口、序二段、三段目、幕下…テレビに写らない力士たちの序列は細かく、厳しい。

二段の力士と幕下の力士の間には歴然とした“力の差”があり、どうしたって超えられない壁があるように見える。幕下の人も圧倒的に見える中、幕内、さらに役力士なんてもの凄く強いんだなぁということを改めて知る。そして何より、この部屋には横綱がいるのだ…(今はいないけど)

というのは不思議なスポーツだ。いや、スポーツというのとは、やはりちょっと違うのかもしれない。だって、他の力士たちが稽古している間に、他の力士たちは、交代でちゃんこ番、つまり「食事の支度」をしているのだから。大きな手で、小さく見える包丁を握って魚を捌き、大根をむき、ゴボウを刻む。古いお寺で丁髷に浴衣姿の力士たちが作業する姿は、江戸時代とそう変わらない姿なんだと思う。

ういうところが残っているのが相撲の良いところだし、他のスポーツとは、決して同列に語ることのできない、文化的意義だと思う。昼下がり、誘われるがままに高砂部屋伝統の「ちゃんこ」を頂く。明治初期から続く高砂部屋。この味は、50年、100年かけて力士たちの間に伝承されてきた本物のチャンコの味なんだと思う。
明治の小錦も、昭和の男女ノ川も、前田山も、横綱の朝汐も、大関の朝潮も、高見山も、小錦も、そして朝青龍もこれを食べながら相撲をとった。

うーん、感激。